飛陽入学式

2012年4月 9日

今日は飛陽の小学入学式だった。
3月28日の卒園式から今日までの、日が経つののはやかったこと!
考えてみれば、この間の八日間は、貴重な日々だった。
これからの人生で、本当の空っぽの時間はこれを最後にないもんね。
今日は、飛陽の人としての旅立ちの日だ。
自分の子供三人の入学式には、全く出ていない。
出席するという概念すらなかった。
学校に着き、校舎に入ると、余の父兄の多さにびっくりした。
「まるで入学式みたいだ」と、長男の嫁さんに思わず口ずさんでしまった。
こんな言葉が出たのには、理由がある。
会社勤めの時、靴と鞄を販売していた為、
県内の数多くの高校の入学式に出向いた。
その時、独特の人の多さというか、
人の密集度の高さに驚いた経験があるからだ。
その意味で、まさしく入学式であった。
会場は体育館だった。大きいのにびっくりした。
今時の小学校の体育館って、こんなに大きいんだと感心してしまった。
舞台に新一年生全員が並んで、式は始まった。
120409t2卒園式と同じく、式は長かった。
一時間は話が続いたが、新一年生はみんなきちんとしていた。
この一年間の成長は目を見張るものがある。
式の後は、教室に入って担任の先生から、いろいろ説明があった。
120409t1先生も若くてういういしかった。
私が入学した時は、先生が一人々々を抱いてくれて、二人で写真を撮ってくれた。
私達は団塊の世代で、人数が四十数名だったから、今考えると、
先生も若かったとは言え、大変だったろうなと思う。
しかし、私の大好きな写真の一枚である。
小学校で最初の先生というのは、大事だ。と思う。
孫の飛陽の今日を、一緒に過ごしていると、
過去の今日を、フラッシュバックしてしまった。
自分は実際は出席したことがないのに。実にいい加減だ。
まず家をでるまで、それから初めて校門を抜けるまでという風に。
飛陽はなかなか落ち着いていた。
私の写真撮影の要望にも、積極的に答えてくれた。
入園の時とは、大違いだ。
君はきっと成長する!

飛陽卒園

2012年3月28日

今日は飛陽の卒園式だった。
保育園に通い始めた頃、
よく泣きべそをかいていたのが、昨日のよう。
一歳から通い始めたから、もう五年も前のことになってしまった。
式の会場は、奇麗に飾られていた。
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飛陽の自画像は、象の頭の上の緑の服を着た男の子だ。
緑の服が好きだったから、これかなと思っていたら、
やっばりそうだった。
園長先生が園児一人ひとりに卒園証書を渡しながら「卒園おめでとう」、
それに園児が「ありがとう」と答える。
その両者の発声の抑揚が、柔らかないい響きだった。
その後、お母さん或はお父さんに園児が証書を渡す。
お父さん、お母さんが「おめでとう」と言うと、
園児が「ありがとう」と言う。
園児のその時の目も、柔らかだった。
保育園の先生方、ありがとうございました。
式の後、飛陽は仁ノの方に遊びに来た。
前の畑で、凧揚げをした。
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十日程したら、新一年生、
さすが、高く凧を揚げました。

飛陽六歳

2011年12月30日

今日は飛陽六歳の誕生日だ。
早いものだ。
六年前の、飛陽の生まれた日のことを、
月並みな表現だけれど、昨日のことのように覚えている。
本当に早いものだ。
親戚の子供達も集まって、盛大に誕生パーティー。
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デリスさんに、例の如くキャラクターケーキを作ってもらった。
今回は、ゲームの塊魂(かたまりだましい)の王子様。
知らない人は知らないけれど、
知っている人は知っている王子様だ。
そして、点灯。
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ロウソクの火に映し出されるケーキの姿は、
いつ見ても美しく、心が和むものです。
この一年の飛陽の成長は目覚ましい。
四歳の時には、まるっきりできなかったことが、
全てできるようになった。
竹馬、コマ回し、そしてマスト登り。
四歳までと、五歳以降とではまるっきり違う。
歌舞伎で五歳から修行を始める理由が、よく分かる。
飛陽!君の魂の塊が、大きく、おおきくなることを、
Gちゃん、祈ってるからね〜。

飛陽有終の美

2011年10月 1日

今日は、飛陽の
保育園最後の運動会だった。
飛陽は最初から最後まで、
笑顔・笑顔の連続だった。
四歳と五歳とが、たった一年違いで、
こんなに違うものかと、驚いてしまった。
マスト登りも、竹馬も、縄跳びも完璧。
そして、踊りもなかなか決まっておりました。
マスト登りの勇姿をご覧あれ!
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驚いたのは、プログラム最後を飾る年長組のリレー。
何と、飛陽がアンカーだ。
これは両親も知らず。
さすがにちょっと緊張〜る!
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でも、バトンを受けた時、
相手チームとの距離がだいぶあり、
飛陽は余裕の走りで、ゴールイン!
私もホッ、両親も多分ホッ。
内容も、最後も文字通り、有終の美を飾りました。
保育園の四年間、飛陽は随分成長したと思います。
先生方に感謝です。
私も、無事、飛陽の保育園最後の運動会が見えて、
よかったです。感謝。
ちなみに「有終の美」とは、
「最後までしとげて、立派な成果を上げること」です。

ひばあちゃんとひ孫

2011年8月21日

先週、飛陽は吾が家で三泊した。
今週は、二泊だ。
昨日の土曜と、今日の日曜だ。
一人で遊ぶことができるし、言うことなし。
その飛陽が食べる昼の弁当を見て、びっくりした。
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まるで、私の子供時代の弁当そのもの。
お弁当は、ひばあちゃんが作ったもの。
アルマイトの弁当箱は勿論だが、その内容がすごい。
飛陽はおいしい、おいしいと食べている。
飛陽!おまんは地震・津波があっても、絶対生きていける。
こう言う生活の中でこそ、
たくましく、且つひた向き、旺盛な生命力が培われるのだ。
これを見て、私はつくづくと思いました。
ひばあちゃんとひ孫が共に生活する重要性を!
二人の間の年齢差は、ざっと見ても八十五年だ。
現代における、八十五年の差は、若い人が思いもつかない程大きい。
例えば、八十五年前、私の親父は(存命中)小学入学前。
何と、真剣で遊んでいたという。
間違ったらいかんので、念を押す。
「真剣に」遊んでいたのではない。「真剣で」遊んでいたのだ。
真剣、即ち本当の日本刀だ。
当時未だ、村の家々に日本刀があった。
飛陽がおいしいおいしいと食べている弁当を見て、
刀は戦後廃れてしまったが、
二千年にわたる日本の村落共同体が培って来た文化、
食文化が、未だに廃れずに、残っているという事実に、
しかも、吾が孫が吾が眼前で、
おいしいおいしと食べている現実に、目を見張ってしまった。
伝統文化の継承は、このように日常生活の底辺でひっそりと、
或はしっかりとなされて行くものなのでしょう。

最後のプール参観

2011年8月19日

今日は、飛陽の保育園最後のプール参観の日だった。
で、長男夫婦はもとより、私達夫婦、家内の両親も見学に行った。
四年間が、あっと言う間に過ぎ去った。
飛陽も段々、少年の顔を見せだした。
去年は不慣れだったビート板も、今年はこんなに上手になりました。
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写真に写すと、プールの青が本当に奇麗です。
次の写真は、屈伸運動ではありません。
飛び込みの姿勢です。
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なかなか決まっています。
この四年間の飛陽の成長は、目覚ましい!
特に、体・運動面は、この半年余りで急激に伸びた。
三十分のプール参観が終わって、
飛陽がプールを降りる後ろ姿が、印象的だった。
こうして、一つひとつ、幼児から少年への階段を上がって行くんだ。

芋植え

2011年6月10日

今日は天気予報通り午後3時半から雨になった。
しかし、おとついまでの天気予報では、少なくとも雨ではなかった。
いよいよ天気が変わりやすい。
芋の植え付けは、遅くとも六月中旬まで、その後ではぐっと味が落ちる。
ということで、この土日は用事でできないので、
雨の降る中、植え付けを強行。
長男夫婦、飛陽、私の四名で、50本を植える。
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去年は、2本だけだった。秋は楽しみ。
飛陽、これは掘りでがあるぜ。
完了後の芋畑を写しておこう。
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左に少しだけ見えるのが、スイカ。向こうの方に見えるのが、吾が愛車の軽トラだ。
ここ支配田(しわいで)は水はけが悪い。
そこで、スイカもそうだが、芋の畝も高さは50cmと高くした。
従って、畝の幅も70cmと広い。溝幅も40cmと広くとってある。
こうすると、作業が楽だ。

飛陽スイカ植え

2011年4月30日

今日、長男夫婦と飛陽と、スイカの苗を、十一本植えた。
昨年初めて、飛陽はスイカを植えた。
あれから、早一年が経ってしまった。はやい、はやい。
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昨年は、大失敗をしてしまって、苗を枯らしてしまった。
多分、猛暑の為だと思う。昨年は暑すぎた。
今年は苗もしっかりしているし、大きいのを期待しよう。
今日は、仕事が終わったのが、午後8時20分。
母の日前のこの時期は、毎年猛烈に忙しい。
そういう忙しい中、今日は、20分のスイカの定植の時間を確保、素晴らしい。
ビニールのトンネルまで作って、完璧。
やっぱり、忙しい中、隙間の時間を間髪入れず見つけて、超いそしく実践する。
これが極意じゃ。
忙しくて、出来ないのではない。
忙しいからこそ、出来るんだ。
とかなんとか。
飛陽、今度は芋を植えよう。
気が付けば、四月も今日で終り。もう、びっくり、です。

( E ~

2011年4月 9日

昨日の約束を、今日は急遽変更。
飛陽が来て、写真を撮ってくれたので、それを紹介する。
飛陽は私のカメラが大好きで、私が知らん間に、十数枚も写していた。
まずは、勿論、私めから。
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実にかっこ良く撮っている。吾ながら、( E ~ !!
飛陽には、私がこんな風に見えるのだろう。
まっ、元々そうなんだから、致し方ない。はははははは。
眼鏡のレンズの光具合がいいですねえ。いかにも、知的。
帽子のかぶり具合も、決まってますねえ。
右上を向いた、この顔の傾き、視線の方向がいいですねえ。
ところで私、これ、何を見ているんでしょうね。
それに、このりりしい厚い胸、ほれぼれです。
おまけに、もう一枚。
えっ、顔が紙の人間!大変だ。
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これは次男の亮平。
これは ( E ~ !! でも、読み方が違う。「括弧え〜っ」と、びっくり調子。
ひょうげの遺伝子が、吾が家系では、脈々と受け継がれている。
これも、致し方ない。は〜あ、あっ、はっはっは。

飛陽の水やり

2011年3月31日

今日は3月31日だ。これで三月も終り。
三月は、毎年31日あり、31日という日があるのは当然だが、
今年は何故か、30日で終わらず、もう一日、31日という日があるのが、
何故か得したような気になるし、何故か気持ちが和らぐし、嬉しい。
しかし、2011年の三月は、大変な月だった。
日本の変革における、決定的なターニングポイントになるかもしれません。
3月20日(日)は、いろいろなことがあった。
堤に、村総出で、桜を植えたことはブログした。
この時、飛陽も参加して、植えた桜に水をやった。
後になって考えたら、飛陽は最年少での参加だった。
いやなかなかの快挙・快挙。
ママ、おばあちゃんと一緒に、水やりをしたところを、パチリッ!
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3月20日は、思わぬ事件もありました。
イノシシが、あの美田のそばの檻にかかりました。
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もの凄く興奮していて、檻に近づくと、
何度も突っかかって来ました。
哀れさを感じます。
三月は、例年のように体調が悪かった。
四月はどうかな。
今年の四月は、待ち遠しい。
良き四月でありますように。