梅雨明後続

2011年7月19日

昼前のテレビを見ていたら、
台風が高知に上陸するかもしれないと言う。
高知に上陸するのは、本当に久しぶりだ。
私の子供の頃は、年に数回はあったように思う。
今も風が強く、突風的に吹いているが、
これが更に強くなってくると言う。
台風が激しくなってブログするのは、
しんどいので、今からする。
まわりが落ち着かない状況だから、
昨日に引き続き、さわやかな話題をブログする。
7月14日の「梅雨明後美田」の続きだ。
場所は、堤の東の方の、堤の北側、
集落でいうと間(はざま)の前の田んぼだ。
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田んぼの奥の右側に、白い人が見えている。
そのことに別段、意味がある訳ではない。
こういう偶然は、しばしばある。
前にブログしたこともあるが、仁淀川河口で撮影をしていて、
シャッターを押そうとすると、何と本物のヘリコプターが浮上して来た。
ここでは、しばしば模型ではない、本物のヘリコプターに遭遇する。
次は、この田んぼの左側の写真。
一番手前に笹が写っているが、この笹の話ではない。
そうではなくて、南北に走る茶色の小径の話だ。
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ここも、美田と同様、手入れが本当によく行き届いている。
畦とか、田んぼの淵の手入れ状況を見れば、よく分かる。
これだけの状態を、常態で保つのは難しい。
青い空、浮かぶ白い雲、
21日には、またお会い致しましょう。

梅雨明後美田

2011年7月14日

梅雨が明けると、途端に写真に撮るものが増えて来た。
やはり、雨が降ると、撮影意欲が激減する。
梅雨前美田をブログしたから、今日は梅雨明後美田をブログする。
題名に、漢字ばかりを使うのは、好きな方だ。
結構意識的にやっている側面もある。
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空の青青しさ、青年になった感のある整然とした稲の青さ、
とにかく、美しい。
美田の、美田たる所以(ゆえん)だ。
今日は、朝から草刈りと草引き。
かんかん照りの割には、作業は楽だった。
風があったからだろうか。
午後からは、無心で芋の草引き。
気が付いたら二時間もしていた。
無我の境地だね、これ。
こんな風に、頭も心も空っぽにするの、いいね〜。

梅雨中美田

2011年6月25日

5月21日に、梅雨前美田で、ブログしている。
あれから早、一ヶ月以上が経っている。
今日は、梅雨中美田。
前の画像と比べてみると、随分緑が濃くなっているのが分かる。
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上の画像は、美田を南向いて撮影したもの。
次は西向いて写した画像。
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田んぼだけでなく、今は村中緑だらけだ。
雑草が生える速度も、この時期は半端じゃない。
草刈り後、二十日では遅すぎる。一週間が丁度位。
今日も炎天下、三時間の耕作。疲れました。
気が付けば、6月11日にブログしてから、丁度二週間、ブログしてない。
雨続きで、撮影する機会がなかったこともあるが、反省。
この19日(日)には、村の公民館で、高知市の危機管理室の方に来て頂いて、
南海地震の会を持った。
3・11以降、みんなの関心が高く、沢山の人が集まってくれた。
これこそブログしなければならなかったが、うっかりカメラを忘れていた。
しかし、つくづく思う。
働いていた時と違い、えらく行動半径がちんもうなった。
はりまや橋の遠いこと遠いこと。長浜も遠いもんね。自慢じゃないけど。
自分の住む村の中でさえ、行く所が限られてきた。
従って、ブログで取り上げるテーマも、随分限られてきた。
明日は天気予報では、また雨。しかも強雨とある。
そうそう、この6月18日は、竜のお不動様のお祭り。
吾が村でも、お提灯をつける。それをブログしよう。

梅雨前水田続

2011年5月24日

昨日の続き。
今日のは、堤の一番桜の、直ぐ南側にある田んぼだ。
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美田とよく似た風景だ。
田んぼの両サイドが、画面の向こうの方に収束して行く姿が、気持ちいい。
美田の場合と同じく、この田んぼの北端に立って、西方向を写す。
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これも、美田の時と、よく似た風景。
このように、よく似た風景には、しばしば出くわす。
山道の坂道のカーブ、山下に連なる家屋の前の道等々。
まっ、どうのこうの言う話では、ない。

梅雨前水田

2011年5月22日

この時期、梅雨入り前の水田は、美しいと思う。
葉の緑の濃さも若々しい、背丈もかわいらしい。
また、繁り様も多からず、少なからず、そうかと言って、丁度とも言えず、
う〜ん、書いていて、自分でも分からなくなってきた。
そういう時は、実物を見てもらうに限る。一目瞭然だ。
場所は、堤の東の方、集落「間」の前の田んぼだ。
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土手に生えている雑草も、丁度の茂り具合だ。
少しアップで写しておこう。
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今日、入院している親父と話をしていて、パンの話になった。
うちの親父は、あんパンが大好きだ。それも、白あんではなく、黒あんの方だ。
私が「お父ちゃん、良かったねえ。あんパンがあるのは、確か日本だけぜ」
と言うと、親父は笑っていた。
そして、フランスパンの話になった。
親父が「あの固いフランスパンが好きな人が分からない」と言う。
私もそう思う。固くて食べれやしない。
あんな固いものを、常食にしているというのが、信じられない。
何で、あんなに固くなったんだろう。
一度、フランス人に聞いてみたい。
それと、最近ソフトフランスパンと言うのが人気だ。
これもよく分からない。
固いからフランスパンなんであって、
柔らかいフランスパンなんてあり得ない。
一体、フランスパンって何なんだ。

梅雨前美田

2011年5月21日

五月は、いよいよ時の経つのが早い。
早21日だ。
一日々々というより、一週間単位でざんざん過ぎ去って行く感じだ。
今日は、梅雨入り前の堤の美田だ。
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此処は、本当に美しいと思う。
美田の北端から、西方向を写す。
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何の変哲もない景色だが、美しい。
いい風景だ。
五月最後の日曜日は、今年は29日。
28日土曜までは、曇り時々雨のぐずついた天気が続くようだ。
五月最後の日曜は、例年晴れるが、今年はどうだろう。

田んぼ堤東

2011年4月25日

今日は、堤の東の方の、堤の直ぐ北側に広がる田んぼ。
ここは、年々手入れが行き届いて、美しくなっていく。
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このくっきり感は、あの美田に似ている。
画面奥に見える集落が、間(はざま)だ。
同じ田んぼを、北側に回って見てみると、こうなる。
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逆さに、水面に映った葉桜の桜の樹が、何とも、いい。

美田第二弾

2011年4月22日

堤の美田は、やはり美しい。
風もない、穏やかな日は、こんな風情を醸し出す。
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この風景の、くっきり感がたまらない。
水面のさざ波もなく、遠くの風景が、くっきりと映っている。
水の透明感も素晴らしい。
苗の列が、遠くに収束しようとする様も、いい。

2011美田

2011年4月20日

堤の美田が、田植えされた。
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ここは、やはり美しい。
凛とした、きっぱりとした美しさがある。
今は、透き通った水もすがすがしい。
例年、雲がない時を狙って撮影するが、
今年は、試しに撮影した。
そしたら、雲があることで、画面に奥行きが強調されて、
美しさの中にも、緊張感のある画像が得られた。
それに、この雲、何かしら、心をざわつかせる、訴えるものがある。
カメラを引いて、写しておこう。
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画面両脇に、植樹したばかりのソメイヨシノが写っている。
道端の雑草も、奇麗に刈り取られている。
今日は、久しぶりに朝4時51分に起床した。
3時40分過ぎに目が覚めて、それから一時間余り、
眠れずに、いろいろ考えていた。
いろいろと言っても、正直言って、地震と津波のことだけど。
三月に、体調を例年通り崩してから、
未だ、生活リズムが元に戻らない。
知り合いのご主人が、この4月17日(日)に脳梗塞で倒れた。
私も、この日からの天候不順で、18日に体調急変。
昼から15時間寝る羽目になってしまった。
歳だとつくづく思う。
六十を過ぎると、体調にいよいよ気をつけないかんと思う。
無理をしたら絶対にいかん。

初めて

2011年3月29日

今日は、今年初めてを二つ。
一つは、今年初めて気が付いた畦(あぜ)のこと。
それは、今年の畦は、下の画像のような、立派なものばかりだということ。
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この畦の高さは、40cmある。
最初は、どうやってこんな立派な畦を作るのだろうと、
作り方を教えてもらわないかんと思っていた。
これは、トラクターで作ると知って驚き。
トラクターって、何て凄いんだ。
去年も、こんな風だった由。
気が付かないということは、恐ろしいことだ。
二つ目は、今日、今年初めて、水が入った田んぼに出くわした。
堤の南の田んぼ、例の美田の二つ西の田んぼだ。
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夕方の散歩では、この他lに、三・四カ所の田んぼに、水が入っていた。
例年なら、嬉しい気分になるのに、今年はそれがない。
東日本大震災・大津波被害の想像を超える惨状、悲惨さ、
日が経つにつれ、薄れるどころか、重くのしかかってくる。
特に、我々高知県人には、これを上回る規模かもしれない
南海地震が襲ってくる訳だから、
不安、おそれ、緊迫感は半端ではなくなってきた。
会えば、地震・津波の話で10分、20分は直ぐ経ってしまう。
そうそう、暖房用に、私は寝袋、シュラフを勧めている。
夏用は間違っても買っては行けない。
少なくともスリーシーズン用、四十歳以上は冬用が最適では。
これは私の二十歳代の経験からも言える。
後輩と九州の久重に登った。
晩の九時にテントを張って、寝た。
ところが、真夜中の十二時に雨が降り出した。
床に敷く物を持ってなかったので、テントをたたんで、歩き始めた。
そして、何と午後四時まで、十六時間も歩いた。
後輩の寝袋は夏用、私のはスリーシーズン用だった。
後輩は途中で歩けなくなり、下山して病気になった。
でも、私は平気だった。
これだけの差がある。
だから、体力が弱っている四十歳以上は、冬用だ。
慣れないと、窮屈かもしれないが、
私は寝袋で一ヶ月過ごした経験がある。