仁ノ敬老会

2011年9月11日

今日は、本村の公民館で、仁ノ地区敬老会が催されました。
私は紙芝居、私が住んでいる仁崎地区は芝居「金色夜叉」で参加しました。
紙芝居は二本しましたが、二本とも新作で、
仕上がったのは、会が始まる1時間程前でした。
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みなさん、喜んで頂きました。
芝居も大好評。
出演者も大満足で、後の反省会、まっ早い話、飲み会ですが、
来年の芝居を何にするかで、大いに盛り上がりました。
しかし、こんな小さな集落で、十人も出演者が居るなんて、
何と言うか凄い。
やはり、これも先輩諸氏から受け継いだ文化なのでしょう。
9月9日(金)には、西小学校で紙芝居をしました。
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小学生対象は、考えてみれば初めてでしたが、
六本の紙芝居を、みんな真剣に聞いてくれました。
みんな、本当にいい顔をしていました。
小学生の集中力に感動したひと時でした。
素晴らしい経験をさせて頂き、関係者の皆さん、ありがとうございました。
今日で、忙しい日々は終了。
ほっと一息して、ブログをしています。
明日からは、来年向けて準備です。
そうそう、本命、11月の手作り紙芝居の製作が、
もう待ったなしになりました。
後残された課題は、これだけです。

風の谷

2011年6月27日

今日は、蒸し暑かった。
雨が降っちゃあ、かんかん照りの繰り返しでは、こうなっても仕方ない。
しかし、たまらん。
今は村中が緑と、先日ブログした。
それで、今日は吾が村の「風の谷」を紹介しよう。
此処は吾が集落仁崎(にざき)の北端にあたる。
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此処は山と山の間になっており、風の通り道になっている。
撮影した時も丁度、風が吹き抜けていた。
吾が集落仁崎(にざき)の東端も、ついでに写しておこう。
画面右手の山が、トッコ石だ。
名前の由来は、オット知らない。
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今度の南海地震では、この二カ所共に、一番奥まで、津波が押し寄せてくる。
凄い。
私が撮影のため立っている道は、以前もブログしたが、
太平洋戦争中、アメリカ軍との戦闘用の間道、すなわち抜け道として、
兵隊さんが切り開いたものだ。
そうそう、今日の高知新聞の夕刊を見ていたら、
一宮の太古橋の話が載っていた。
私の母の実家がこの近くで、支那祢様の時は、
ここから土佐神社まで歩いたものだ。
五月に、親父を連れて岡豊城址まで行った時、
ここを通ってびっくりした。
太古橋から土佐神社までは相当距離がある。
あの人混みと、車の大渋滞の中、
よくもまあ、この距離を歩いたものだ。
最初の太古橋は、120年前、土佐神社の西にあった大塚古墳の
天井石を転用して作られた。
それで、大昔を意味する太古橋になったそうな。
この記事からは、思いがけない知識も得た。
太古橋の下を川が流れている。
町の中なのに、田舎を流れるような川だなと、子供心に思っていた。
その川に名があり、久安川(きゅうやすがわ)ということを
初めて知った。
しかし、此処ら辺りは、私の子供の頃とは、全く違ってしまった。
ほんと、哀しいものがある。

新発見

2011年5月 8日

六十を過ぎて、こんな新発見をするなんて、思いもしなかった。
先日、レトとの散歩で、堤を下りて、何気なく本村の山を見て、びっくり。
何と、本村の山の、更に向こうの山が見えているではないか。
こんなこと、この村に六十年以上住んできて、全く気が付かなかった。
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上の写真の、丁度真ん中に、そびえて見えるのが、それだ。
気が付かなかった理由は二つ。
一つは、こんなにくっきり手前と奥の山が、
いつもは明瞭に区別しては、見えないこと。
もう一つは、奥の山を目にすることが出来る範囲が狭いこと。
上の写真の光景は、堤から下りて40m程の区間のみだ。
遠景もついでに写しておこう。
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遠景では、分かりにくいかもしれない。
画面中央を、凝視してほしい。
この奥の山が見れる他の区間は、堤では、あの美田を過ぎて、40m程の区間だ。
後は集落「浜」では、見られる。
今日は、記念すべき日になった。
昨年10月に背骨を痛めて入院し、リハビリに励んでいた親父を、
散髪に連れて行き、更に岡豊城址まで観光に出かけた。
岡豊城址は、私は、三十年ぶりくらいになるのでは。
余の変わりようにびっくり。
親父も久しぶりに外に出て、随分晴れやかだった。
来週以降に、家にお泊まりの挑戦だ。

2月の定点1

2011年2月22日

今日は、今年に入って一番の暖かさだった。
定点1からの撮影をした。
定点1は、種間寺に至る村最大道路が、堤に達する地点だ。
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定点1の写真としては、過去最高の出来だ。
田んぼも、むらもなく、実に平坦にうまく耕作されている。
まさしく、ばっちりだ。
定点1より、さらに西に50m程移動して、撮影。
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これも非常にいい写り。
村の田んぼは今このように、
いい塩梅(あんばい)に眠っている。
いい風景だ。

寒かった1月続

2011年2月14日

昨日と同じ1月17日の画像だ。
村の東端を流れる小川が、何と凍った。
この画像は、堤から撮ったもの。
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この時は気がつかなかったが、この反対側、
堤の向こう側の流れも凍っていた。
堤の近くは、日当りも悪く、冷たいので、
氷が張るのは分かるが、
ずっと向こうのイオズの橋まで氷が張っていた。
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今年の1月下旬は、この氷は解けずに、そのまま凍ったままだった。
こんなことは、余ない。
少なくとも、ここ十数年はなかったことだ。
いよいよ、今年は寒かった。

寒かった1月

2011年2月13日

コンピューターの調子が悪くて、1月はブログできなかった。
その分を、今日はブログする。
1月はとにかく寒かった。
1月17日(月)、朝起きて庭を見てびっくり。
庭のコンテナの水に、厚い氷が張っていた。
庭のバーベキューのテーブルに、載せてみた。
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こんな厚い氷、高知ではそう見られない。
立派だ。
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真横から写すと、その厚いことがよく分かる。
厚さ3cm超えだ。

新しい眺め

2010年11月18日

昨日、散歩中、
ごりん様の方を見たら、樹が伐採されて、山肌が見えていた。
それで、今日、ごりん様がどうなっているか見に行った。
ごりん様の新しい階段の縁に、立派なツワが咲いていた。
こんなに群がって花を咲かせているのは、珍しい。黄色が眩しいほど。
ここら辺は、ツワがよく咲いている。
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山肌が見えていたのは、ごりん様から少し右手に登った処だった。
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ここからの眺めは、生れて初めてだ。
左手の山が、文庫の鼻。
山の下が、集落「間(はざま)」。
文庫の鼻の右手に、水平線に沿って伸びている集落が「浜」。
手前にある集落が私が住む集落「仁崎(にざき)」。
右手端に見えるのが大木の榎木だが、本当に小さく見える。
信じられない。
ここからの眺めは、今度の南海地震の時、津波を撮影するのに最適だ。
撮るぞ!

文庫の鼻工事

2010年11月10日

気が付いたら、文庫の鼻が工事中だった。
ここにもう一本トンネルが貫通する予定だ。
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崖の木々が綺麗に切り払われている。
丁度、バリカンで後頭部を刈り上げたような感じだ。
アップしてみる。
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工事している人が三人いるが、本当に小さい。
文庫の鼻は実はやっぱり高いんだと、再認識。
この文庫の鼻が、長宗我部元親の吾が村への侵攻をはばんだ。
文庫の鼻は、吾が村の守り神というわけだ。
そして、吾が家が終戦直後まで所有していた。
そう言った意味で、非常に感慨深い。
母親が登って行くのを一度見た記憶がある。
勿論この崖ではなく、山のみちを通って。
私は一度も登ったことがない。
今日は血圧が156の100。昨日までは175の115。
20違うと、気分が全く違う。
気候の変動も、やっと落ち着いてきたのだろうか。
それにしても、10月20日からの体調は最悪だ。
高血圧、何とか対処せないかん。
コレステロール値を下げないかん。どうしたらいいんだろう。

十月夕陽

2010年10月31日

先日は、見事な夕陽だった。
せっかくなので、十月最後の日に、ブログしておくことにした。
オレンジ色に西の空が染まった。
普段の夕陽は、もっと桃色がかっている。
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画面右下、電信柱の右横の黒い点は、蜘蛛だ。
今年は蜘蛛が多い。
私の庭の上には、電線が何本も交錯しながら走っている。
それにこれ幸いと、蜘蛛がどっさり巣を張っている。
蜘蛛は嫌いな方が多いので、こういう形で、極めてささやかに表現した次第。
アップでも写しておこう。
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う~ん、夕陽だ。いい感じだ。
まあ、さして、内容がないブログだ。内容がないよう~!

10月の定点1

2010年10月10日

10月の定点1だ。吾が集落を、南の東端から撮ったものだ。
ここからの吾が集落の風景が、一番好きだ。
一枚目は、朝の7時20分撮影だ。

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例年に比べ、手前の田んぼの雑草が茂りすぎているように思うが、どうだろう。
二枚目は、夕方の5時14分。
西の山の端にかかった太陽が、20分ほど描く風景だ。
将軍様の影が、集落の背後に伸びて、家々を際立たせる。

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太陽の光が、少し黄色っぽいのが、気にかかる。