ミカン山への道続々々

2012年2月22日

昨日の地点から、ミカン山へ続く道を撮影。
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上の写真で、黒い影の部分がその道だ。
余りに黒くて分からないので、
更に近寄って写してみる。
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一段高くなっている部分が、道だ。
孟宗が林立していて、見ただけではとても道だとは思えない。
ここから100m程行った所が、ミカン山だ。
この孟宗を切って、始末せないかんことを考えると、
やる前からしんどい。
まっ、三年間ぐらいかけるつもりで、ごとごとやろう。
こうして見ると、
十歳頃までのあの生活、あの風景は何だったんだろうと、
つくづくと思う。

ミカン山への道続々

2012年2月21日

今日は、未だまだ続きの続き。
まさしくゾクゾクするようなお話です。
昨日の茂みを抜けるのは難しいので、
脇にそれてみた。
そうしたら、こんな清らかな風景が目に飛び込んできました。
いや〜、清らかな清流です。
子供の頃は、この流れはなかったと思います。
誰かが手入れしているのでしょう。
この流れの右隣が、本来は道です。
でも、とても道には見えません。
まっ、ここ一、二年で道に見えるように致しましょう。
今日のゾクゾクするお話の第一がこの小さな清流です。
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この写真だけでは、そうでもないかもしれませんが、
実物を見ると結構感動ものです。
周囲の荒れた中、これの清らかさはより際立っています。
もう一つのゾクゾクは、また違った意味のゾクゾクです。
振り返ってみますと、
何とイノシシの獣道があるではありませんか!
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ゾクゾクッ!
それにしても、清流に負けない美しい足の痕跡の流れ!
いや〜、芸術作品ですなあ。
ここら辺りはもう、イノシシワールドだ。
こうして一歩山中に入ると、吾が村も別世界!
これぞ nature!
こういう中でこそ、吾は human だと思う。
しかし、今気が付いた。 human は「不満」と読める。
吾 human 、故に吾「不満」。今の日本は本当にいかんぜよ。
清らかな日本にせないかんと、つくづくと思う。

ミカン山への道続

2012年2月20日

今日は昨日の続きだ。
昨日の橋を渡って右に進むと、
こんなだ。
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うっそう、そのもの。
私が小さい頃は、きちんと道がついていた。
確かリヤカーも通れたと思う。
前が見えないものね。
歳月というものは、凄まじい。
更に先に進むと、いや進んでも、
こんなだ。
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いやはや。
此処からミカン山まで、
200mないのではないかと思うけれど。
まっ、5年程掛けて切り開いて行こう。
息子どもに、ありかを教えておかないかん。
と、強く思うこの頃であります。

ミカン山への道

2012年2月19日

先日、親父と話していて、
うちのミカン山のことを思い出した。
私が小さい頃は、ミカンを作っていた。
親父はそのミカンをリヤカーに積んで、
高知市街まで運んでいた。
今では信じられないけれど、事実である。
ミカン山は、集落の北の山にある。
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上の写真で、左端の、画面奥に向かって進む道の分岐点で、
左に曲がると吾が家のお墓に至り、
右に曲がって、ビニールハウスの前を通って、どんどん進んで行くと、
ミカン山に至る。
ミカン山の位置は、上の写真で、電柱の少し右に、
よくよく見ると、黒い点が見えると思う。
これは電線にとまっているカラスだ。
この黒い点から垂線を下に引いて、
くっきりと見える電線と交わる所辺りの、
向こうに見えるのがミカン山だ。
歩いて行くと、
見慣れた、懐かしい橋がある。
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「何処に橋があるぜよ?」
竹やぶで道が二手に分かれている。
その右手の道の下が、黒い穴になっている。
ここが橋と言えば橋だ。まっ、橋の端くれだ。
此処の風景が、私は大好きだった。
この橋が私にとっては橋だった訳だから、
都会というか、街には馴染めなかったはずだ。
この歳になると、つくづくと思う。

村を美しく

2012年1月30日

犬との散歩もなくなり、一段と行動半径が小さくなった。
ブログに取り上げる話題も、よう見つけなくなって来た。
と思いきや、あったあった。
毎日通る道端にありました。
間(はざま)から吾が集落に至る道の内、
約50m程にパンジーが植えられました。
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一年程で、この距離になりました。
全て、個人の思いつきと実践。
道がより美しく見えます。
上の画像の手前にも、可愛らしい広場が作られていました。
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とんがり帽子のビニールハウスが、ユニークです。
手前の赤い椅子が素晴らしい。
緑の敷物との対比もいいですねえ。
それぞれの仕事に、作者の人柄がしのばれます。
こういう形で、村が美しくなって行くことは、いいことです。

台風2号

2011年5月29日

台風2号は、雨台風だった。
午後3時前には、晴れ間が見えた。
少しというより、かなり拍子抜けした。
それでも、夕方、レトと散歩に出て、驚いた。
菊ノ尾と、堤へ行く道は、すっかり浸かっている。
堤へ行く道は、こんな状態。
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道の左側は、川だが、全く区別がつかない。
両脇の田んぼも完璧に水没。
画面奥の真ん中から右側の、こんもりした緑が一番桜だ。
カメラを引いて、もっと全体も、写しておこう。
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普通なら、この画面は全て水田だ。
何も知らない人が見れば、これはまさしく湖だ。
午後7時前の撮影だが、こんなに明るい。
そうそう、この季節なのに、風は寒い。

過去最美の堤

2011年4月20日

今の堤は、この堤が完成した直後以降で、一番美しいと思う。
ご覧あれ、この完璧なすっきりした風景を!
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側溝もひび割れが修理され、水が満々と流れている。
何よりも、去年までは覆いかぶさるように繁茂していた雑草が、
今年は、ひとっつもない!
桜並木の下の雑草も、去年に比べれば、極端に少ない。
写真は、昨日のものだが、今日見てみると、この雑草も刈り取られ始めている。
この作業、村総出でやったのではない。
何と、たった二人の仕業!
やる気があれば、何でも出来るの、証明の一つだ。
凄い。
そうそう、当の本人も言っていた。
「吾ながら、凄い」と思う。
美田の前が一番奇麗だ。
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ここは、何故か、昔植えた桜が全て枯れていた。
それで、今回植樹した苗が、七本並んでいる。
こんどは、しっかりした樹になって欲しい。

高度最低碍子

2011年3月 1日

毎日散歩で通っていても、
気が付かなければ、気が付かない。
浜の道を、レトといつものように散歩していて、
気が付いた。
この碍子は、村で一番低いところにあるのではと。
下の写真の、真ん中の電柱の中程から、
少し右に見える小さい白い丸が、その碍子だ。
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丁度、人が通る道の真上あたりに、ある。
これで高度4mぐらい?
アップで写す。
空の青さの、何と美しいこと。
このピンと張った、凛とした姿が胸を打つ。
左側の錆びた線と、右側のきれいな線との対比が、これまたいい。
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碍子(電線等を絶縁して、電柱等に固定する器具)は、見るたびに思う。
気付かれることもなく、それ故、認められることもなく、
それなのに、淡々と役割を果たしている。
素晴らしい。

見落とし

2011年2月19日

1月はこれで最後だ。
1月下旬の或る日、或る朝、
レトとの散歩の途中で、突然気が付いた。
何と、ビニールハウスの支柱が、
四本首を出しているではないか。
毎日の散歩で通る道なのに、全く気が付かなかった。
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草を焼いた跡があるということは、
此処は草が茂っていて、支柱が見えなかったのだろうか。
しかし、草が茂っていたことも、記憶にない。
いやはや、実にいい加減に、周りを見ているものだ。
この写真、何でもない風景だが、実は気に入っている。
全体から受ける柔らかさがいい。
それに、道に映っている枯れ草の影がいい。
さあ、2月も残すところ、たった九日になったところで、
明日からは、ブログは2月だ。

せまっ!

2010年11月30日

先日、朝のレトとの散歩中、何気なしに見上げて、
初めて気が付いた。
「せまっ!」、気が付けば、この電柱と木の柱の間、まっこと狭い。
よく今まで、気が付かずに通っていたものだと、吾ながら感心。
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電柱と木の柱のこの関係は、いつからか知らないが、
私はもう六十過ぎである。
よくも今まで、こんな感覚におそわれなかったのもだ。
この路は、高校の時は、毎日のように通った路だ。
土佐犬ジョンとの散歩でも、日常的に通った路だ。
不思議なものだ。
気が付いたきっかけは、
偶然、レトがこの手前で、オシッコをしたので、立ち止まったから。
それで、何気なく上を見上げたから。
しかし、このことがあってから、もう数日が経ち、
ここを何度か通っているわけだが、
ここを通り抜けた覚えが全くない。
それぐらい、気が付かなければ、何でもない処。
十一月もやっぱり体調不良。今日は最悪。
昼前から寝床直行。突然こうなるから、わけがわからない。
明日は丁度定期診察日、診察してもらおう。
医療費は無料にすべき。特に老人から医療費をとるのは大間違い。
と、つくづく思う。