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昭和三十年代望郷

副題は「仁ノ村最南途のビニールハウス」。仁ノ村最南の途の北側に、昔懐かしいビニールハウスを見つけた。私が小学生時分は、この規模だったように思う。でも、この頃ビニールハウスと呼んでいたかどうか定かではない。温床ではなかったかとも思う。

温床
この温床の高さは私の背の高さぐらい。幅は2m足らず。長さは7m近い。
段々記憶がよみがえって来た。この高さになる前に、大人の腰の高さほどの温床があったように思う。保温の為に、わらで作ったカバー「むしろ」を掛けていた。そうそう屋根は丸くはなく、への字型だった。
むしろ掛けをよく手伝わされた。子供なので、むしろが向こうの屋根まで転がらない。そこで長い竹を使って向こう側へ転がした。
正面の戸口が懐かしい。こんな風だった。赤いトマトも見える。これも懐かしい。摘み残された、真っ赤な熟したトマトを食べるのが楽しみだった。
例の如く木の梯子も見える。
この写真は西側からのものだが、東側からも写しておこう。
温床

八幡様から堤を越えた南の低地帯は、このように昭和三十年代前半の風景が残っているように思う。
昭和24年(1949年)生まれの私達は、小学の学年が覚えやすい。昭和31年(1956年)が小学一年生、そして勿論昭和36年(1961年)が小学六年生だ。
昭和35年(1960年)高度経済成長が本格化し、日本は農村型から重工業中心に大転換して行く。そう、その昭和35年以前の姿がちらほら垣間見える。

日時: 2007年08月19日 | ビニールハウス | | コメント (0)