用水始動 |
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2010年03月20日
今日、村の用水にやっと水が流れ始めた。 ![]() 此処で、ジョンは水を飲むのが習慣だった。 この落ちる水を見るたびに、ジョンを想う。 用水は、下記のような形で利用する。 ![]() これは支配田(しわいで)の例。 左の管は、畑の作物に水をやるためのものだ。 これは私の自作だ。こういうことをするのは大の大好き! 水をためる四角いケースは、川の方に3cm傾いていて、 あふれた水は、川に落ちるようになっている。優れものだ。自画自賛。 右の管は、田に水を引くために、村の人みんなが使っている。 この管の管理は、村の用水担当の方々がしている。 本当に頭が下がる。 |
水満々続 |
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2008年06月28日
最初の写真は、昨日の小川を反対側の堤から写したもの。 ![]() この小川の少し西を並行にエノ川が流れている。 二枚目の写真はそのエノ川だ。堤の水門の上、エノ川の真上から写す。 ![]() 水が満々だ。 今晩は久し振りに激しい雨だ。明日も午前中は激しい雨という予報。 明日は水満々か。 そうそう、今日、お提灯の柱を立てた。皆さんご苦労様。 今年はお提灯が7月1日(火)だ。やけに早い。準備におおわらわだ。 これも閏年のなせる技か。 |
水満々 |
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2008年06月27日
閏年は雨が多い。その通りに、閏年の今年は雨が多い。 ![]() この光景は、好きな仁ノ村の風景の一つだ。あふれんばかりの水の輝きがいい。それと空の青さの対比がいい。 今年は雨が上がった後、このような青空がなかなか拝めない。ブログに出せる写真が取れなくて、実は困っている。それと、雨が多い割には、激しい雨、集中豪雨的な雨が少ない。従って、川があふれるような光景は、この日以降見られない。 写真の遠くに鳥が写っている。アップで写す。 ![]() 鳥にはとんと詳しくない。でもこれってアオサギだと思う。日本では最大のサギだ。 散歩の途中でそう言えば、此処でよく会う。この近くに住まいがあるに違いない。 余りの大きさに最初はぎょっとした。体長が1mあるから、そりゃそうだ。翼を広げると2mほどになる。 |
小松沼東 |
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2007年06月26日
今日は東の小松沼だ。こちらの方がメインだ。東西の長さ約550m、南北の幅約150mだ。 ![]() ![]() 子供時代の小松沼の記憶はほとんどない。鯔(ボラ)が獲れて食べたことぐらいだ。それと、祖父と一緒に一度だけ沼に来たことを覚えている。その記憶の画面にはうちの舟がある。しかし、乗ったかどうかは覚えてない。 小松沼は地震による沈下で沼化されたものだ。安政元年(1854年12月24日)の南海地震には、3mばかり土地が陥没したらしい。宝永四年(1707年10月28日)の南海地震では、津波が山近くまで押し寄せ、仁ノ村の三分の二が浸水したと言われている。 宝永の地震は日本最大級の地震の一つだ。この巨大地震は400年サイクルで来ていると言う。そうすると、今度の南海地震はそれに当たることになる。おっそろしっ!宝永地震の時、宇佐で400余名、須崎で300余名流死している。種崎は全滅で死者400余名。種崎、宇佐共に20m級の津波が押し寄せている。 |
小松沼西 |
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2007年06月24日
仁ノ村の西端の三叉路の話を進めていたら、その南から東に向かって広がる小松沼が気になりだした。 ![]() ![]() 画面左端に、宇佐向いて仁淀川大橋が架かっている。画面右の白色建物が消防屯所だ。その左手が八幡様だ。 |
5月仁淀川河口 |
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2007年05月30日
5月21日は海の色が本当に綺麗だった。文庫の鼻から写し始めて、とうとう仁淀川河口まで来てしまった。そこで、仁淀川河口大橋の中程まで行って、北と南を写した。 ![]() 今度は南の太平洋だ。 ![]() ここの写真は、某有名雑誌にも載っていた。それ程に美しい。 二枚の写真ともに、午前11時40分頃撮った。 昨年は同じ地点を、7月14日午後12時40分に撮っている。昨年の方が画面がめちゃくちゃ明るい。これは5月と7月の違いなのだろうか。それとも写真機の違いによるものなのだろうか。7月に確かめよう。 梅雨明けまで、このような写真はもう撮れないだろうと思って、掲載した。 |















