土佐犬ジョン | メイン
土佐犬ジョン七回忌 |
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2010年07月20日
昨日7月19日は、土佐犬ジョンの七回忌だった。 ![]() 造花だけれども、鬼灯(ほおずき)を飾るのは初めてだ。 造花を買ってきたのは家内だ。 偶然と言えばそれまでだが、 今年の「うくろう」の紙芝居の主役は、ほおずきだ。 家内は勿論そのことを知らない。 道中、車の中でお母さんとも話をしたが、 ジョン、おまんは本当に頭がよかった。 明日という概念を、どの動物の段階から持つようになるのか私は知らない。 しかし、ジョン、おまんは明日を夢見ていたと、私は確信している。 アメリカ映画などで、飼い主が犬に自分のことを「ご主人様」と呼ばせる。 私はそれが全く合点がいかない。凄い違和感がある。 私にとって犬は、召使いでも家来でもない。そうかと言って、友達でもない。 特にジョン、おまんは私の分身だったよ。 一つの心臓を二人で分かち合っていたというか、 二人の心臓を一つにしていたというか、そんな感じだったよ。 もう、おまんほどの犬に出会うことはないに違いない。 おまんの七回忌を、余りにあっさりと済ませてしまったような気がする。 十三回忌までに、おまんと私の紙芝居を作ろうと思っている。 今回はこんなもんで勘弁な。 |
ワンボックスで一緒に |
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2007年09月23日
9月に入って、母屋の片づけをしている。 ![]() ジョンとの七年半の間で、彼とのツーショットはこの一枚だけだ。画像は前のVAIOに保存していた。しかし、それがお釈迦になり、画像も失われた。 忘れてしまっていたが、その画像を印刷していたようだ。少しピンボケで、色あせていたが、スキャナーで取り込んでフォトショップで修正した。 この頃は家にデジカメがあったが、記録しようとか、記念に写しておこうとかいう気は全くなかった。 この写真を写した状況は鮮明に覚えている。ジョンは軽々とワンボックスに乗った。前にも書いたが、何故かジョンは写真撮影されることを自覚する。何故分かるかって。それはカメラに向かって彼がポーズをとるからだ。セルフタイマーで撮った。しかし、彼の舌は馬鹿でかい。おっと、ジョン失礼。 こうして見ると、二人は本当にいい関係だったと思う。つくづく本当にそう思う。そう、心を一つにしていたなと思う。 ジョンも彼の人生で、体力的にも精神的にも最高の時だったと思う。私も若い。 写真は多分2001年ではなかったかと思う。 今日、飛陽がバーベキュウでうちに来た。おもちゃの電車を「でんしゃ」と彼に向かって言ったら、「デンシャ」と発音した。結構感動。次々物を指して名前を言ったら、答えて行く。う~ん、飛陽、爺ちゃん感動。 |
命日 |
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2007年07月19日
今朝、嫁さんに「今日はジョンの命日やね」と言われた。それで、初めて気が付いた。そうだ、今日はジョンの命日だ。土佐犬ジョンが突然なくなってから、丸三年が経ったわけだ。早いようでもあるし、未だ三年しか経ってないのかとも思う。しかし、三年経つとジョンの命日すら忘れてしまうのかと、不覚。これも歳のせいかと苦笑もする。 ![]() ジョンの命日にお参りできたのは、三年目にして初めてだ。偶然仕事休みと重なった。有難いことだ。造花は夏らしく向日葵と、私の好きなピンクのグラジオラス。お菓子は例によって、ジョンの大好きだった煎餅。 グリーンものがすっかり色あせてしまっていたので、取り除けた。秋に忘れずに持って来よう。 お墓の落葉を一枚いちまち拾っていたら、急に涙が込み上げて来た。堪らない。ジョンとの七年半という時間は、私の心にしっかりと集積している。その意味で、時間は流れない。ただ積もるだけだ。 画面左隅の黒の犬は記憶がない。自分が置いたのだろうか。まっ、ジョンも友達が居ていいだろう。 |






