仁ノ村最南途の小屋 |
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2007年08月14日
仁ノ村最南の途に、おもしろい小屋を二つ見つけた。 ![]() もう一つは南側にある。 ![]() 小屋に立て掛けられた三本の丸太の、立てられ方がいい。これも絵になる。 この途はイメージとしては、浜辺に通ずる道だ。この途を抜けると、突然視界に潮さい香る真っ青な海辺が広がると言う感じだ。いいねえ。 |
ベット付二室小屋 |
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2007年07月26日
7月29日(日)が観音様のお提灯と言うことで、事前の取材をした。 ![]() 小屋を行き過ぎて、北方向から写す。 ![]() 撮影時刻は午後4時15分。山の下ということで、少し暗かった。オートで写したが、フラッシュが光った。 小屋とは少し離れた距離での撮影だった。フラッシュなんか効くのかなと思ったが、なかなかどうしていい写真だ。 |
消え行く小屋 |
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2007年06月28日
通りがかって驚いた。2006年11月5日のブログ「村最大小屋」で紹介した小屋が,解体され始めていた。 ![]() 休んだと言うよりは、ジョンは疲れてもう動こうとはしなかった。仕方がないからジョンを小屋につないで、私は家まで走って帰り、軽四に乗って迎えに戻って来た。これが毎朝繰り返された。ジョンの前足を荷台に掛けさせ、お腰をよっこいしょと押し上げる。彼は満足げな体で車が動くのを待つ。これがお決まりのパターンだった。 しかし或る雨上がりの日、小屋の前の土が予想以上にぬかるんでいて、車がスリップして動けなくなった。どんな風にして脱出したか覚えてないが、そんなこともあった。 ビワの木もどうなるかわからないから、写しておこう。 ![]() 思い出の風景が亡くなるのは哀しい。ジョンと共有した思い出が亡くなるのは、更にさらに哀しい。でもこうして思い出の一つひとつが確実に、正確に消えて行くんだ。時の為せる技だ。 |
三段小屋 |
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2007年05月23日
気が付き出すと、いよいよ気が付く。在ればあるものだとつくづく思う。 ![]() ![]() 真ん中の列の二つの小屋は、何か飼っていたのだろか。動物の気配を感じた。 |
何処家 |
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2007年05月20日
いつもながらに思う。何でいっつも見ているのに気が付かないのだろうと。 ![]() 私達が小学生時代にもここに確か小屋があった。前を通った記憶がある。しかし、まさか、それがそのまんまこれだと言うことはないだろう。でも、満面赤錆の、かんぬきのついた開き戸はそうかもしれない。 そうだとしたら、本当にご苦労様。 あっ、そうそう。此処が何処か種明かしをせないかんね。此処で~す。 ![]() そう、本村の八幡様の西側、本村の西の玄関に当たる四叉路にある小屋だ。 こうして写すと、此処は独特の趣だ。ゴッホの教会の絵とか、大木の絵を連想させる。 いいねえ~!! 小屋は旧のブログで12軒、新ブログで2軒取り扱った。今日で通算15軒目の小屋だ。 |
端っ小屋 |
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2007年04月22日
集落「間」の南端の風景だ。このカーブを曲がると集落「浜」に到る。 ![]() このカーブは緩やかな下りになっている。私が小学生の頃は、このカーブの先は一段低い田んぼだった。現在はご覧のようにかさ上げされて、道よりも高くなっている。 私が小学何年生の時だったか、八幡様の夏祭りに使う絵馬をリヤカーに積み、みんなで浜に清めに行った。まっ、それが毎年の恒例の行事であり、楽しみの一つでもあった。 その時は、私がリヤカーを引っ張って、みんなが後を押した。ところが勢いが付きすぎた。このカーブを曲がり切れず、下の田んぼにリヤカーごと落っこちた。 「しまった!」と思ったことは覚えている。しかし、何故か私はかすり傷一つ負ってなかった。上を見ると、みんなが息を潜めてこちらをのぞきこんでいた。或る夏の日の思い出だ。 このカーブの左側に、古い小屋が見える。私が小学の頃にあったかは記憶にない。 ![]() 道に面した部分が4m余りある。奥行きは10mほどだ。そこそこ大きい。もうこの小屋は、だいぶん前から使われていない。 |
ひっそり小屋 |
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2007年04月19日
吾が集落から、堤を少し越えた所にある小屋だ。 ![]() 近寄って、小屋を大きく写しておこう。 ![]() 小屋の大きさは約3.6mの四角形だ。小屋としては珍しく、セメント瓦だ。その瓦に付いている苔もいい。側面のトタンの茶色の錆もいい。写真では分かりずらいが、屋根に柿の枯れ枝が落ちている。それもいい。 写真としては、正面からではなく、右斜め方向から写したのがいいように思う。しかし、柿単体、小屋単体で見た場合は、正面からの方がその輪郭をつかみやすい。それで、今回は正面からの写真にした。 |

















