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2010年07月
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えんま

昨日の八幡様夏祭りの続き。
今までは、「えんま」を「絵馬」と当て字していた。
でも、最近では、そうではないのではないかと思い出した。
従って、「えんま」とひらがなで書く。
「えんま」とは、要するに絵を描いた灯籠のことだ。
まずは、八幡様の鳥居までの「えんま」。

えんま

こうして写真で見ると、幻想的だ。
次は境内の「えんま」。
本殿の方向いて写す。
えんま

これは私たちの集落の担当の「えんま」。
絵は子供たちが描く。
一番手前のは大えんま。昔はもっと大きかったらしい。
実は、大えんまは、この位置ではなく、
本殿に一番近い所に付けなければならなかった。
来年は気を付けよう。

日時: 2010年07月31日 | | | コメント (0)

 
八幡様夏祭

今日は、八幡様夏祭りの前夜祭、「えんま」だ。
まず保育園児の踊り、刀踊りそして盆踊り。
刀踊りは勇壮だ。

刀踊り

真剣を使うから、文字通り演武者も真剣だ。
観客の我々も、緊張感がある。
一転、盆踊りは和やかだ。
盆踊り

踊りは昔とは違っていても、このお堂の前で、このように村人で、
五百年以上も、同じような光景が繰り広げられ続けて来たことを思うと、
感慨深いものがある。
今まで、このお祭りは「えんま」「えんま」と言って親しんで来た。
しかし、今日初めて、踊りを主、「えんま」を従で見てしまった。
「えんま」の数も減ったし、夜店も四つしかなかった。
お参りも少なかったようだ。
このままだと、夜店も来なくなるのも、そう遠くないことかもしれない。
明日は、「えんま」そのものをブログしよう。

日時: 2010年07月30日 | | | コメント (0)

 
今年最後のお提灯

昨日の続き。
昨日のをアップして、直ぐこのブログを書いている。
今回は、いい写真がいくつか撮れたので、それらを紹介したい。
まずはナイアガラ。去年は三セットだったが、今年は五セットにした。

ナイアガラ

ナイアガラはいい。これ100円ショップ。結構楽しめる。
そして、今回の余興は手品。
元先生が手品を披露。
手品

吾が集落には、いろいろな人材が居る。
楽しみだ。

日時: 2010年07月28日 | | | コメント (0)

 
富士山再び

今晩は、今年最後のお提灯だ。
本村にある観音様をお祭りする、お提灯だ。
此処まで書いたところで、どっと激しい雨が降り出した。
午後11時45分頃か。雷も。
私は雷が大嫌いだ。体がかちこばる。
小さい頃、家の裏の電柱のトランスに雷が落ちた。
それはもうすさまじい音と光で、以来もう雷は恐怖以外の何物でもない。
本題に戻ろう。
お提灯はとどこおりなく終了。
富士山の頂上に付ける八つのお提灯は、子供さんに付けてもらった。
これはグッド・アイデアだった。非常にいい写真が撮れた。

頂上提灯付け

来年は飛陽にも体験させよう。これはちょっと感動したね。
富士山を作るのは、もう慣れたもんだ。
富士山再び

うん、いいんじゃない。
お提灯は全部付けた。百五十四だ。
今回は早くから子供さんが来てくれて、提灯付けもスムーズに行った。
お祭りのアイデアも出してくれた。嬉しいね。
例えば、怪談話、肝試しとか。大人からはかき氷。
それと、若い人で、お提灯の後継者も育ってきている。
これも嬉し~い、ことだ。うちの集落はまとまりがいい。実にいい。
紙芝居をするためには、ライトがいる。懐中電灯ではいかん。
来年は発電機を持ってきて、きちんと照明しよう。

日時: 2010年07月27日 | | | コメント (0)

 
八幡様掃除

今月末が八幡様の夏祭りということで、
今日は朝七時から、八幡様の掃除。
今までは老人クラブがやっていたが、高齢化で難しくなり、
各集落から三名出ることになった。
というわけで、私は初めての参加。
全部で二十名ほどの参加。
四班に分かれて取り組んだ。
一つは鳥居のある東側からの班。

掃除

二つ目は西側の本殿の前からの班。この班の方は木の枝打ちも担当。
掃除

三つ目は本殿の掃除の班。
四つ目は引いた草や枝の運搬の班。
ほぼ1時間半で終了。
帰ってきて気がついた。
また虫にかまれている。
首から胸にかけて赤い斑点が一杯。
もういやになる。
昨晩、テレビを何気なく見ていてびっくりした。
アフリカからの奴隷は、四百年間で一億人だそうだ。
絶句。おっそろしい。思わず涙。
アフリカが遅れているはずだ。

日時: 2010年07月25日 | | | コメント (0)

 
富士山ちょうちん

富士山ちょうちん完璧。

富士山

初めてにしては、上出来。
少しアップで。
富士山

初めてにしては、上出来とつくづく思う。
みんなが集結すると、やはりうまく行く。
反省点は、大きめのライトが3つは要ることと、ブリキのバケツが4つはあった方がいいこと。
ライトは紙芝居の時、バケツは花火の時必要だ。
忙しくて、飛陽の面倒が見れなかったのが残念。
この三年で、みなががっくり歳がいたなと痛感。いやはや。
やっぱり、高知新聞とNHKは取材に来てくれなかった。がっくり。
しかし、収穫もあり。
手品をする人がいることが判明。
早速、この7月27日(火)の観音様のおちょうちんで、ご披露することに決定。
村には未だ々々隠れた人材が居る。
国策紙芝居「軍神の母」、上演しました。やれやれ。

日時: 2010年07月08日 | | | コメント (0)

 
お提灯いらっしゃい

7月8日(木)は宇佐のお不動様の前夜祭で、
私達の村でも、集落毎にお提灯を灯して、お祭りをする。
今年は、七・八十年ぶりに富士山型にお提灯を飾るというので、
ポスターを作った。

ポスター

うん、上出来!
富士山を背景に、記念撮影をどうぞ。
昨日7月4日は、朝八時半から竹を切り出した。
朝は雨だったので、集まってくれる人が少ないのではないかと思っていたが、
何のなんの、十二名も集まってくれた。
う〜ん、吾が集落には馬鹿者が多〜い。
四十五本程竹を切り出して、川で洗って塩で清め、立てた。
竹立てる

作業は11時には完了した。
これだけの人数が集まると、はやい。
我ら馬鹿者達に幸あれ!
馬鹿も〜のは行〜く、何処までも。
8日には、是非、「おちょうちん」にお越し下さい

日時: 2010年07月05日 | | | コメント (0)

 
2010八幡様春祭

明日は、本村の八幡様の春祭だ。
それで、前日の今日、八幡様の幟を立てた。
今回は浜の番だ。
あいにくの雨模様だったが、十二、三人も集まってくれた。
それで、「せいのう~」でみんなで上げた。

八幡様幟

帰って来て、門のクレマチスをふと見ると、何と開花している。
普段は、庭からしか見ないから、反対側に咲いているのに気が付かなかった。
クレマチス

雨の日のクレマチスを写すのは、初めてだ。
小さな雨粒が乗ったクレマチスも、美しい。
さあ、次は堤の桜の開花だ。

日時: 2010年03月04日 | | | コメント (0)

 
2010将軍様春祭

今日は、将軍様の春祭だ。
春祭と言っても、春はこれと言った催しはない。
神官さんが来られて、お参りがあるだけだ。
お堂の上は樹がなくて、ぽっかりと空が見える。
空が綺麗だったので、一枚写す。平和だ。

将軍様の空

昨日は村総出で、お堂と参道の階段を掃除した。
参道階段

百二十五段の階段を、こんなに綺麗にする。
両脇の溝も綺麗に掃除する。これがみそ。
階段と溝は、掃除する竹ぼうきが違う。
階段の方はかたい竹ぼうき、溝は柔らかい竹ぼうきを使う。
そうすると、掃除がしやすい。
階段の木漏れ日が美しい。森林浴気分。

日時: 2010年02月22日 | | | コメント (0)

 
厄除

おとついの1月10日(日曜日)、吾が集落の恒例の厄除があった。
午後六時から、うちの隣の集落の公民館で催された。
三十人近くが集まって、盛大に開催だ。
今年の該当者は四名。その内、参加できたのはやすひさ君。
で、当然の如く彼が挨拶。
先生一筋三十八年だけあって、挨拶はおてのもの。

厄除

彼は私より一つ下。子供の頃は一緒に遊んだ。
あれから五十年ほど過ぎている。孫も三人居ると言う。
不思議な気がする。
この後、長生を歌い、大盃(おおさかずき)を参加者全員が回し飲み。
今年の土佐鶴は、一段とうまかった。
毎年思う。長生を歌えるようにならないかんと。
そして、カラオケ。
でも、公民館のカラオケは古くて、
テープがブチブチ切れて使い物にならない。
四十年前の代物と言う。四十年前にカラオケってあったかねえ。
下の画像は、集落の大先輩の厄除の歌を聞いているところ。
厄除の歌

大先輩も、あの世で大層喜んでいることだろう。
本村は、今年は集落毎の厄除の会はなかったとのこと。
吾が集落もいつまで続くか。
でも、先生をしているやすひさ君でさえ、末永く続くようにと挨拶で言ったから、
吾が集落ではずっと続くかもね。
吾が集落は、ばか者達が多いからね。団結力は凄い。

日時: 2010年01月12日 | | | コメント (0)

 
新年八幡様

新年の八幡様を撮影するのは、初めてではないだろうか。
まず入り口の鳥居から。

鳥居

次に本殿。
本殿

朝の散歩の時は、村を西回りに歩くので、
上の写真の右側から八幡様に入るようになる。
昨日は滅茶寒かったが、今日は穏やかだった。
晩方、家内が体がふわふわすると思ったら、
血圧が160あったと言う。
私もそうだったが、五十代は体に気をつけないかん。
今日、鉄骨のハウスの西側の畑を、
完全に防草シートで覆った。
これで、浜と支配田の耕作、三つの小屋の片付け、
前の畑の南端の防草シート等の
一連の大きな裏方作業は全て終わった。
これからはいよいよ、表の作業の花卉栽培だ。
土地管理、資材管理、雑草管理は農業の基本だ。

日時: 2010年01月02日 | | | コメント (0)

 
新年向け初仕事

今日で2009年も終わり。時間で言うと、あと残すところ三時間半。
ブログを始めて確か五年ほどになるが、
大晦日にブログするのは、初めてではないだろうか。
今日は一日中寒かった。
レトと散歩した朝八時過ぎは、雪が一番ひどかった。
マフラーで頬被りをして、北からの強風を防いだ。
そうでもしないと、ひやいし、耳の穴が痛い、いたい。
今年最後の仕事であり、且つ新年向けの初仕事である、
将軍様の鳥居と御拝殿の注連縄(しめなわ)を張った。

注連縄

今回は非常にすがすがしい気分で張れた。
六十歳代は、人生で最も楽しい年代と言う。
それを信じて疑わない私がいる。
期待で胸が膨らんでいるのは事実だ。
ただ、細木数子の六星占術では、来年から三年間大殺界だ。
私の場合、この占いが非常に当たっているので、要注意だ。
六十歳は、今までの自分の人生を全て良しと吹っ切れる歳だと、
痛感する。
今まで自分が過ごして来た過去のどの年代よりも、
未知の世界が明日から広がっていくのだと言う、
わくわく感があふれんばかりだ。
畑の小屋の大掃除をしていたら、
ショーニーとルークと彼らの友人の日本人の女子大生が、
吾が家を再訪問して来た。
ショーニーとルークは、ニュージャージー出身の二十代前半の若者。
ルークは、スターウォーズのルークとは違う。念のため。
つたない英語で話していたら、ground cherry は頭に浮かぶのに、
その日本語がとうとう出て来ずじまい。
「ほおずき」という日本語が、何故出てこなかったんだろう。不思議。
新年元旦は、家内の実家に年始挨拶。
ゆっくり過ごせるのは、新婚当時の三十年ぶりだ。少し感無量。

日時: 2009年12月31日 | | | コメント (0)

 
09八幡様秋祭

今日は、八幡様秋祭の本祭だ。
午前十時から神事、午後四時半から太刀踊りと踊りの奉納があった。
残念ながら、仕事でどれも出れなかった。来年は何とかしたい。
昨日は、朝七時に幟を揚げた。

八幡様幟

今回は間と西の番。総勢十一名が参加。
これだけ居ると、活気がある。
これで、今年は村の八つのお祭りが全て終了だ。
八つのお祭りをまとめておこう。
仁ノ八幡様夏祭と秋祭。将軍様夏祭と秋祭。杉王様夏祭と秋祭。
それに、観音様夏祭と竜のお不動様夏祭。

日時: 2009年11月06日 | | | コメント (0)

 
将軍様秋祭本祭

今日は将軍様秋祭の本祭だ。
朝の九時から、神官さんが来られて、
将軍様頂上のお堂で、式が執り行なわれた。

本祭

式の後、下山して少し経って、雨になった。これってラッキー!
意識して人を画面に入れた。まっ、徐々に上達していくだろう。
人はモノクロで記録していくのも手かな、と思っている。
偶然、長男夫婦が飛陽を伴って来た。
飛陽と逢うのは久し振り。
飛陽は動物と大の仲良しだ。
でも、未だミニダックスのチャパにもこんな状態。
チャパと

偶然だったけど、村の昔からのお祭りに、
こうして家族全員で集まるのもいいものだ、と思った。
そうそう、式に参列していた「つかちゃん」が、おもしろいことを言っていた。
将軍様の由来を紙芝居にして、来年の夏祭りに披露してみたらと。
うん、それはいい考えだ。
みんなに村の伝統を知ってもらう、いいアイデアだと思う。

日時: 2009年10月26日 | | | コメント (0)

 
将軍様秋祭

明日10月26日(月)は将軍様秋祭本祭だ。
従って、今日はその準備だ。
幟を二本立てるのと、境内とお堂の掃除、それに鳥居とお堂に注連縄(しめなわ)を張る。
今日の画像も二枚だが、朝の七時過ぎだから、画面は暗い。
まず幟。
以前、と言ってもこの五、六年前ぐらいだろうか、
男の子のいる家の者が立てていた。
しかし、少子化で、今は集落全員で立てるようになった。
それでも、今日は少なかった。
夏祭の時はどっさりいたが。

幟立て

今までは、幟だけ写していたが、
こうなると、人も写しておかなければと、
今回から人を写すようにした。
次は、境内の掃除。
これは主に女性がする。
掃除

しかし、これも高齢化が進み、125段の階段はさすがにきつい。
少子化と高齢化の中で、地域のこのようなお祭りを、
いかに維持していくかは、なかなかの問題だ。
将軍様の歴史などを、改めて皆が知る必要がある。
私の母の前までは、村内での婚姻が主だったから、
そういうことは必要でなかったと思うが。
今は、村外からの婚姻がほとんどだから、
将軍様の歴史を知らないと、
何の意味もない、煩わしい作業になってしまう。

日時: 2009年10月25日 | | | コメント (0)

 
09観音様夏祭

明日は、村全体「仁ノ村」で祝う八幡様の夏の本祭だ。
今日は雨で残念ながらできないが、
宵祭に当たる今日は、本来なら八幡様に絵馬が飾られる。
この八幡様の夏祭の他に、
吾が集落「仁崎(にざき)」には、夏祭が三回ある。
今年で言うと、
7月10日の「竜のお不動様」、7月30日の「将軍様」、8月7日の「観音様」だ。
それぞれ前夜に宵祭として、お提灯を灯す。
今年は8月6日が雨模様だったので、8月7日にお提灯を点けた。
昨日の天気がウソのようにからっと晴れ、夏の青空が広がった。
晩の7時10分前当たりから点け始めた。130近くのお提灯全てを点けた。

お提灯

私も紙芝居を三本した。終わったら8時を過ぎていた。
つい熱が入ってしまった。
それから花火をした。花火は例年好評だ。
8時半まで花火を楽しんだ。
こんなに晩くまでしたのは、ちょっと記憶に無い。
花火

私達の家族は、家内の姉さんの家族も加わったので、
私を含めると総勢十一名の参加。
しかし、8月は5日から10日ぐらいまでは、お祭りとかで他の事は何にも出来ない。
覚えておこう。

日時: 2009年08月09日 | | | コメント (0)

 
09将軍様夏祭

きのうは将軍様の宵祭、今日は本祭だ。
きのうは、朝6時半から将軍様の幟を上げた。
何と十五名ほどの参加。素晴らしい。
後は将軍様のお堂と参道の清掃。
朽ちた孟宗が、参道に五、六本倒れて来ていた。
私は新しい注連縄(しめなわ)をお堂と、鳥居に張り渡した。
午後4時からは提灯を付ける準備。
竹の柱を立て、それに麻紐を張り渡した。去年は針金だった。
夕方の6時から、提灯を点け始めた。

お提灯

全部で95ほど点けた。ロウソクのあかりは実に幻想的だ。
所々提灯が揺れるのが不思議だ。
今日は朝9時に神官さんが来られて、本祭だ。
本祭

去年は蚊が一杯で大変だったらしい。
そこで、今年は蚊取線香を十巻ほどくすぶらせた。
神官さんも膝を痛めていた。みんなも歳がいて、頂上のお堂まで来るのは大変だ。
そこで、来年のお提灯の時は、御賽銭箱(おさいせんばこ)を階段の上り口に置いて、
そこでお参りができるようにしようという意見も出てきた。
神官さんも「それは構いません」ということだった。
みんなに相談してみよう。

日時: 2009年07月30日 | | | コメント (0)

 
還暦祝い

昨日1月11日(日)、本村の八幡様で抜けと還暦の行事があった。
対象者は25名で、参加者は18名。
今年は我々団塊の世代が還暦と言うことで、特に多かった。
来年からは少なくなる。実に寂しく、憂うべきことだ。
八幡様の本殿に椅子が構えられていた。

抜けと還暦

二十年前は椅子はなかった。いつから椅子になったのだろう。
次の写真のような輪をくぐり、ご祈祷をする。
抜けと還暦

寒いと聞いていたが、これほど寒いとは思わなかった。
手が凍えて、こごえて、真夜中までそれが直らなかった。
大きなくしゃみの連発は、今日の夕方まで続いた。
今、やっと治まっている。
本殿の奥が、ふきざらしになっているのを今回初めて知った。
もう五百年以上続いている行事だ。昔の人は偉かったとつくづく思う。
とにかく寒い。
村の歴史一千年、八幡様の歴史五百年を体感した、有難い一日だった。
これで、晴れがましく六十歳代に突入できる。

日時: 2009年01月12日 | | | コメント (0)

 
08八幡様秋祭

今日も一週間ほど前のお話。
10月18日(土)が八幡様の秋祭だった。
その前日の17日(金)に幟を立てた。
支柱は、将軍様のと同じ時に切り出した淡竹(はちく)だ。
淡竹は孟宗と違い、すっくと真っ直ぐに伸びて、その姿が美しい。
幟を立てたみなが、思わず「美しい」と言うほど。

幟支柱

幟を下ろすのは本祭の翌々日、今回で言うと20日(月)。
下ろす直前の写真が下。午前6時40分だが、画面が余りに暗いのにびっくり。
実際ははるかに明るい。
八幡様幟

できが悪いが、この写真を掲載したのには訳がある。
1502年から幟は立てられて来て、今年で506年。
今までは、集落の数えの15歳から25歳までの男性のおる家の者が、幟を立てていた。
それが今年の秋祭を最後に、来年からは集落全体でやるようになった。
人口減、少子化のため、男の子が少なくなったためだ。
だから、五百年来の先祖代々の慣わしで幟を上げ下げする、これが最後の姿と言うわけだ。
時代の画期を感じざるを得ない。

日時: 2008年10月25日 | | | コメント (0)

 
08将軍様秋祭

今日は将軍様の秋祭の本祭だ。
夏とは違い、神事が行われるだけだ。
昨日は幟を立てた。

幟

幟の支柱があおいのが分かるだろうか。この九月四日に五輪様で切り出した。
五輪様の竹は淡竹(はちく)で、節と節の間が長く、途中で曲がることなく直立している。
だから幟の支柱にはもってこいだ。
幟を立てる一方で、階段と頂上の本殿の清掃をする。
清掃

最近は、吾が集落も人が少なくなってきて大変だ。
みなさん、ご苦労様でした。
明日は幟を下ろす。

日時: 2008年10月07日 | | | コメント (0)

 
絵馬と竹行灯

昨日のお祭りに奉納した私の絵馬(えんま)がこれ。

私の絵馬

水木しげるのぬり絵から拝借した「一反もめんと鬼太郎」。
写真が余りに鮮明に写っていたのでびっくり。実際はもっと薄暗い。フラッシュは確か焚かなかったはずだけど。
これが、境内の一番初めの絵馬だったのにもびっくり。
それから竹行灯。高さは約60cm。これは八幡様のお祭りには関係ない。単なる趣味の世界。
竹行灯

図柄は同じく鬼太郎。

日時: 2008年07月22日 | | | コメント (0)

 
08八幡様夏祭

今日は八幡様の夏祭りだ。と言うか、本祭は明日で、今日はその前夜祭。俗に絵馬(えんま)と言う。
今日は朝から大忙し。朝五時半に犬の散歩をさせて、次に幟の天辺に立てる笹を取りに行って、皆が集まる前に立てる幟の準備をして等々。
今年初めて気が付いた。三週間足らずの間にお祭りが三つもある!こりゃ忙しい。四、五百年来ずっとこれを続けているわけだから、これは凄い!吾が村は祭り好き!!
幟を立てる役目を担うのは、本来は数えの15から25歳までの男がいる家。しかし、近年は少子化のため、男の子が中学に入るとその任を負う。
少子化に加えて、この一、二年は別の新たな問題が生じて来た。
亡くなる人が多くなり、その家の人は一年間は喪に服するということで、幟を立てることに参加できないのだ。
将軍様の幟と同じように、集落全体で取り組まなければならないかもしれない。
入り口から見たお祭りは、子供の頃の記憶通りだ。

八幡様夏祭

奥の方に絵馬が見える。
絵馬

子供の頃に比べると絵馬の数が少ないように思う。来年はもっと増やすそうだ。
実は今年、私も絵馬を出している。明日はその絵馬をブログする。

日時: 2008年07月21日 | | | コメント (0)

 
08お不動様お提灯

今日は今年最後のお提灯、お不動様のお提灯だ。
お提灯は全部点けた。焼けたのもあったから115ほど。入り口には竹行灯を二基置いた。

お不動様お提灯

今晩は夜空が粋な計らいをした。8時を過ぎると東の山からお月様が顔を出した。しかも満月だ。素晴らしい。
前々回同様、花火は子供達に大人気。
花火

花火はイオズの橋でする。このときばかりはイオズの橋は主役だ。
子供たちがこんなに集まって花火をする、なごむなあ。やはり子供がたくさんいることはいいことだ。無条件に未来を感ずる。未来を感ずるとエネルギーが湧いてくる。そんなもんだ。
来年のために、進行状況を記録しておこう。
午後7時15分:提灯を点け始める。
   7時35分:提灯点け完了。
   7時45分:花火&ジュース
   8時20分:消灯

日時: 2008年07月18日 | | | コメント (0)

 
08将軍様夏祭

今日は旧暦六月八日、将軍様のお提灯だ。本祭は明日だ。

将軍様夏お提灯

手持ちのお提灯は全てつけた。120ばかり。焼けたのが5、6個あった。少なくとも十個は買い足しておく必要がある。
子供達がつける提灯を運んでくれるので大助かり。階段のある将軍様では、特にそうだ。
歳が行くとすねがまったい。すねが痛いわ、痛い。悲しいと言うよりは、かなり痛切。
天辺のお社まで一気に行くと、息が絶えだえ。
昨年階段が綺麗になっていて、本当によかったと思う。足元が綺麗だと、本当に楽ちん!
竹行灯を上り口に飾った。全部で五つ。
竹行灯

う~ん、風情がある。絵と文字をもう一工夫すれば、かなりのものになるのでは。
それと、用紙をもっと上質のものにするだけでも違うかも。
お盆までに十五基ぐらいにはするか。
そうそう紙芝居を初上演。それとジェット風船は子供達に大好評!よかった、よかった。

日時: 2008年07月10日 | | | コメント (0)

 
08お提灯

今日は、宇佐のお不動様のお祭りのお提灯。
午後7時よりお提灯をつけ始める。今年はまず手始めに100余り。

お提灯

子供達がつけて廻る姿に感動。やっぱり子どもが居らんといかん。子どもは財産だ。その家にとっては勿論そうだが、村にとってもそうだ。そういう考え方の大切さを再認識。
今年は一段と花火を子供達が喜んでくれた。花火師役のよしふみ君も大喜び。これだけ喜んでもらえると、やりがいがある。
花火

お提灯は後二回ある。将軍様と観音様。
お提灯が三回あるのは去年知った。ええかげんなものだ。ええかげんと言えば、各お提灯のお祭りする神様を正確に知ったのも去年。ちなみに私は今年59歳。う~ん、考えさせられる。伝統を守って行くというのは大変だ。
お提灯の数は当面200個をめざす。そして最終目標は、伝説になっている堤にずらっとお提灯を灯すこと。やるぞ!!
今度の将軍様のお提灯では、いよいよ紙芝居をやるぞ!!

日時: 2008年07月01日 | | | コメント (0)

 
08八幡様春祭

今日はあいにくの雨だったが、八幡様の春の本祭だ。
それで昨日、幟を揚げた。

八幡様幟

今回の幟は特別な感慨があった。それは幟の支柱を、新しい孟宗竹に変えたからだ。
そう言われて写真を見てみれば、竹が青いでしょう。
使っていた竹の先と元が割れて来たので、昨年12月初め、将軍山へ秀博くんと文男くんと私の三人で行き、新しい孟宗竹を切り出した。高さは約13m、元の周り36、7cm。直径13cmほど。意外と小さい。
幟を揚げる前日に気が付いた。幟台に固定する穴を開けること、節を削ること、そして先の方の節を抜くこと。大慌てでやっさもっさ。何とか日暮れまでに完了。本当に間一髪。こんなことをしたのは、小学校以来のこと。ほとんど半世紀振りだ。
それだけに、今回の幟は本当に思い入れがあった。
真っ直ぐと思った孟宗は作業する時に気が付いたら、少し曲がっている。
只立てると、南の方からはご覧のように真っ直ぐに見える。しかし、西の方から見ると北の方に曲がっている。まっ、勘弁々々。
それにしても、この写真は奇跡的に良く撮れた。
撮影を始めると途端に幟が南を向き、日の光を全面に受けて輝いた。しかも、幟がほとんど真っ平ら。
これ幸いと大急ぎでシャッターを押す。
撮影後更に驚き!上下左右がほぼバッチリ。こんなことはそうありません。
おまけに少しだけアップの画像も載せて置こう。
八幡様幟

日時: 2008年02月26日 | | | コメント (0)

 
一月祭

おとついの2月15日(金)は、将軍様と杉王様の一月祭だった。
二月なのに何故一月祭なのか。それは、明治以前は旧暦だったからだ。
一月祭は旧暦の1月9日だが、今年はそれが2月15日に当たるわけだ。
例によって、本祭の前日の14日に幟を立てた。
今回は集落「浜」の杉王様の幟の写真を載せて置く。

杉王様幟

写真では分かりにくいと思うが、風が相当あった。幟もよくはためいていた。
写真が何故、吾が集落の将軍様の幟でなかったかも書いておこう。
風にあおられて、支柱にまとわりついてしまって、写真にならなかったからだ。
そうそう、もう四百年の歴史があり、年三回も上げているのに、いっつも何か知らないことが起こる。
これは本当におかしい。四百年こういう調子で、今後もこういう風に続いていくのだろう。本当におかしい。
今回みんなが知らなかったことが二つもあった。私も知らなかった。
まず立てる幟の二本の内、西から先に立てること。東を先に立てると、それが邪魔になって、西の支柱が立てれなくなる。
もう一つは、二本の支柱の仕様が異なること。支柱は幟台に固定するために元の方に穴が一つ開いている。その穴の位置が東と西では違っている。
今までそんなこと全く知らなかった。今までは、たまたま西の方から立てていたというわけだ。驚き!
何はともあれ、一月祭が来ると村がスタートだ。

日時: 2008年02月17日 | | | コメント (0)

 
07浜観音様お提灯

台風5号が来るというので、朝6時半には幟を降ろした。前のあっちゃん、息子ども、それと家内で降ろした。今回は抜かりがなかった。はっはっはっはっ。まっ、そうえらがることもないけれど。
今日は浜の観音様のお提灯の紹介だ。
浜は観音様のお祭りの際は、このように東西に走る道に沿ってお提灯を付ける。写真は浜の東入り口付近から、西向いて写したもの。撮影時刻は午後6時40分頃。

07浜観音様
次は西から東向いて写す。
07浜観音様

浜が違うのは、ろうそくではなく電気で点灯することだ。赤い提灯があるのは今回初めて知った。結構カラフルだ。提灯の数は全部で97個。距離にして150mほどだろうか。なかなかのものだ。
今回本村、浜のお提灯を取材してつくづく思った。自分の子供の頃の行動半径の狭いこと、狭いこと。半径が約250mの範囲に納まっている。
本村も浜も共に、直線距離にして600m余り離れている。子供の頃は確かに、本村は隣町、浜は隣村だった。これは大袈裟な表現ではない。以前にも書いたが、私の祖父の代まではこの仁ノ村内での結婚が普通だった訳だから。吾が家で言うと、私の母が村外から嫁いで来た最初の女性だ。

日時: 2007年08月02日 | | | コメント (0)

 
07本村観音様続

今朝大ちょんぼをしてしまった。
八幡様の幟を揚げることをすっかり忘れていた。明日は八幡様の本祭りだった。幟を揚げに来た人に、レトとの散歩に出た所で出くわした。それで、やっと気が付いた。本当に面目ない。
今年で505年の歴史があるお祭りだ。今までこんな無責任な大将って居たんだろうか。あーあ、いい加減。コンピューターのディスプレイに幟の日をメモにして貼っておくことにしよう。
今日は昨日の本村の観音様の続きだ。本村の観音堂には、南と北の両方から道が入っている。
南から観音堂へ到る坂道は、お祭りの日はこんな風だ。撮影時刻は午後8時頃。

07観音様
北から観音堂に到る坂道はこんな風だ。お提灯の先の方に、先日ブログしたベット付二室小屋がある。
07観音様
真っ暗で何がなんだか分からないだろう。この北の道も、南の道と同様に山の直ぐ下を通っている。従って、右手のお提灯は山の岸に吊り下げられている。左手の暗がりは家が軒を連ねている。
本村の観音様のお提灯は、本村を構成する三つの集落が役割分担をしている。集落「北」が観音堂、「中」が北の道、「南」が南の道の提灯を管理している。
昨日も書いたが、生まれて初めて見る光景だ。ある種、感動を持って写真撮影している。

日時: 2007年08月01日 | | | コメント (0)

 
07本村観音様

今日は本村の観音様のお祭りの紹介だ。
観音様が安置されている観音堂は、本村の南の山手に位置する。八幡様からは直線距離で250m程だ。宇佐の竜のお不動様と同様、仁ノ村の集落が共にこぞってお祭りするわけだ。
写真は観音堂を正面から写したもの。撮影時刻は午後6時45分頃だ。未だ準備中だ。提灯の点灯は午後7時予定とのこと。

07観音堂
お提灯が点いた観音堂。午後7時45分頃の撮影だ。
07観音堂
本村の観音様のお提灯は、生まれて初めて見た。58歳にしてだ。ちょっと感動。
お賽銭を持って来ることをすっかり忘れていた。仁崎のお提灯と掛け持ちで慌ててしまっていた。失敗、失敗。ばつが悪いこと限りなし。
観音堂についてもう少し詳しく知りたい方にお知らせ。2006年1月19日ブログ「馬頭観音堂」をご覧下さい。

日時: 2007年07月31日 | | | コメント (0)

 
07仁崎観音様お提灯

昨日は観音様のお提灯があった。浜と本村のお提灯も撮影した。今日は吾が仁崎のお提灯、明日は本村、明後日は浜と順次紹介していこう。
仁崎では、観音様のお提灯は竜のお不動様と同様、イオズの橋を中心に点けられる。
午後6時過ぎから竹を挿し始め、6時半には115本程の竹を挿し終えた。思いの他、早く終わってしまった。拍子抜け。
7時前から提灯を点け始めた。現在持っている提灯全てを飾った。126個だ。
それで、居合わせたみんなで記念撮影と洒落込んだ。

07観音様記念撮影
みんなも言っていたが、私もそう思った。これは百年後にも残る記念写真になるぞと。
そんな貴重な写真を、何と私はセルフタイマーでオートの一回だけしか写さなかった。でもご覧のようにバッチリ!う~ん、いい写真だ。
125のお提灯でも、写真に撮ろうとすると量感が今一だ。やはり180~220ぐらいは要る。
07観音様お提灯
撮影時刻は二枚の写真共に、午後7時半前。こうしてみるとかなり明るい。
これ以降もお客さんがどっさり来て、竜のお不動様のお提灯と同じほどの賑わいになった。嬉しい限りだ。
来年向けての反省。
1.事前のポスターでの告知。
2.開始の合図に打ち上げ花火を上げる。今回のように放送は必ずする。
3.打ち上げ花火は好評だった。花火の演出が要る。
4.午後7時半からのお客さんが多いので、花火を前半後半に分けてする。
5子供さんが喜ぶイベントを構える。子供さん向けの花火は絶対必要。.
竹も抜いて、お提灯を片付け終わったのが、例によって午後8時半前。時間厳守と後片付けのスピーディーな完璧さにはいつもながら感心。いつの頃からの伝統か知らないが、凄い。
後は公民館で打ち上げ。この日のビールは旨かった。酔っ払ってブログが今日になってしまった。

日時: 2007年07月30日 | | | コメント (0)

 
07将軍様夏祭

今日は、吾が集落にとっては最大のイベント「将軍様のお提灯」だ。
今日は早朝から大忙し。朝5時半には犬のレトのお散歩、6時からは将軍様の幟立て、参道の掃除。そして台風で参道に倒れた孟宗の除去。急いでやっていたら、思わず酸欠状態。胸の動悸が高まる。あ~あ、歳はとりたくないものだ。7時15分には切り上げて、7時40分には出勤。
う~ん、吾ながら「時をかける少年」。いやいや滅相もない、そんなことは冗談にも言えません。やっぱり「時をかける爺ちゃん」。しかし、爺ちゃんが時をかけると、直ぐ死んでしまうことになる。ここは「時をかける美少・年(美が少し寂しくなった年代)」で手を打っておこう。
提灯は参道の東側に約100個点けた。

将軍様お提灯
写真は夜間モードでフラッシュを炊いた。三脚を使用。夜間撮影はやはり三脚が必須だ。
フラッシュを炊かない映像が次だ。来年は参道両側200個を目指そう。
将軍様お提灯

提灯の準備は午後6時から始めた。鳥居からお社まで針金を張り終わるのに40分かかった。6時40分には、未だ明るいと思ったが提灯を点け始めた。
7時53分には消え始めたので、回収を開始した。8時20分には後片付けを終了した。
階段は124段ある。70段上った所でへたばる。この2時間余りで何回上下しただろう。汗びしょ。
今年はアイスクリンも販売した。しかし、お参りは竜のお不動様の時の半分くらいか。
今晩は色々の会議が重なったこともあるし、皆仕事も忙しかった。
気付いた課題をメモしておこう。
1.夜、お社までは本当にきつい。昼間と違い、長く感ずる。
2.避難場が全く活用できなかった。
3.参拝の人を多くするにはイベントが要る。神様の真ん前ということで花火をしなかったが、花火をすると か。やはり小さい子供さんからおばあさんまで楽しめる余興が要る。
4.針金に提灯を吊るす方法の工夫。今回はレポート用紙を留める小さいバネを利用した。
誰も居なくなったお社に立って、真っ暗な将軍山を見渡した。真っ暗だ。南海地震の時、此処で一週間かと思うと、大変だなあと思う。
兎にも角にも385年目の将軍様のお提灯も無事終了。朝と晩と、忙しい中皆さんご苦労様でした。
明日は田役です。重ねてご苦労様です。

日時: 2007年07月21日 | | | コメント (0)

 
新しい鈴

今朝、将軍様に新しい鈴が付いた。

将軍様
手すりも新しくなっていた。鈴が金色なのには驚いた。そうか、もともとは金色なんだ。房も新しくなっていたのにも驚いた。立派な房だ。こんな房は初めて見る。
鈴と房をアップで写しておこう。
鈴と房
今年は、将軍様にとっては画期をなす年になった。鳥居も、参道も、お社の手すりも、鈴と房までも新しくなった。おっとそうそう、旗も新しくなっていた。「お提灯」も、申し合わせたように今年から親主導の運営になった。これもなんかの縁だろう。
7月21日(土)の将軍様の「お提灯」は盛大にやろう。今日上ったら、参道は台風で倒れた竹やらでもう一杯。まず掃除からだ。それから肝心要のお提灯の飾り付けだ。
上り口から避難場まで103歩、それからお社まで23歩、計126歩だ。3歩毎に点けたとしても、40個余りですむ。お社の周り、避難場もぐるりと点けよう。
当日午後6時半集合と言うことだったが、事前に打合わせの会を持とう。盛大にやるぞう!!

日時: 2007年07月17日 | | | コメント (0)

 
07お提灯続

今年は親主導の運営と言うことで、少なくともここ三十年はなかったと思う人出があった。ざっと数えて子供8人、大人27名の計35名がいた。これは数えた時点での数だから、これ以前に来てくれた人も入れると50名近いのではないかと思う。感謝だ。
写真は本部前のもの。撮影時刻は午後8時5分だ。夜間の撮影はやはり難しい。今回はこれが自分としてはベスト1だ。

お提灯
この光景は懐かしさが込み上げて来る。たまらない風景だ。私の子供の頃は、毎年この光景が繰り返されていた。私の息子達が子供の頃には、この光景は既にもう見られなくなっていた。
生後一ヶ月の赤ちゃんが二人も来ていた。びっくりするやら、嬉しいやら。赤ちゃんは、その存在そのものが価値だ。そしてやっぱり希望だ。その家族の、そして同時に村の希望だ。
人生が始まったばかりの人から80歳代の人までが、同じ場所で、同じ時間を共有し、同じことを楽しむ。これこそが文化だ。
提灯を点けて回ると言う見掛けの作業は同じだ。しかし、10歳前後の子供達と80歳代のおじいちゃん、おばあちゃんとでは、自ずからその意味合いが違ってくる。70年前に点けた同じ灯火を、70年を経てまた点けている自分の発見。どんな気持ちだろう。
少子化で止むを得ない事態だったとは言え、今回の親主導は良かったと思う。
最後に道を真ん中にして写真を写しておこう。偶然花火もしていなくて、真っ暗な中に提灯が浮かんでいる。
お提灯
撮影時刻は午後7時54分。昨日の写真のわずか12分後。その10分余りの間に、こんなに暗くなってしまった。
次の「お提灯」は九日後の7月21日(土)の将軍様だ。

日時: 2007年07月12日 | | | コメント (0)

 
07お提灯

今日は、375年の歴史で初めての、親主導の「お提灯」だ。その記念すべき第一弾は「竜のお不動様のお祭」だ。天気予報通り午前中は雨だったが、午後6時には曇り空になっていた。午後7時10分にはお提灯を点け始めた。この写真は丁度午後7時半のものだが、早くも十名の人が来てくれていた。この時点でもう既に感動。

お提灯
「お提灯」を見栄えよく撮影するのはなかなか難しかった。今日はその中でも遠目からのものを一枚。撮影時刻は午後7時43分だ。
お提灯
120近くお提灯を点けても、こうして見るとそう多くは感じない。
現場の雰囲気を写真で伝えるのは結構難しい。私の力量では偶然に頼るしかない。
この写真からは、村のほんのり感が感じられれば良しとしよう。実際かなり盛り上がった。それはまた明日。
忙しくて、他の集落の「お提灯」を見る余裕がなかった。今後、これに関してはちょっと工夫が要る。その集落の人に撮影を頼んで置くとか。自分が行くのは、こりゃ無理だ。
ろうそくは燃焼時間1時間のものを主に使用した。事前に試しに点けてみたが、燃焼時間の正確なのに驚いた。1時間のもので燃焼時間は1時間15分、2時間のものだと何と2時間5分だった。
正確と言えば、吾が村は時間厳守だ。これには驚く。最初に気付いたのは避難訓練の時だったが、正確に終了予定時刻に終わる。今日もきっかり午後8時半に終了。先日、集落の常会があった。この時も会の時間1時間で、正確に午後8時半に終わった。凄い。本で読んだ何処かの優良企業並み。

日時: 2007年07月11日 | | | コメント (0)

 
興奮興奮大興奮

仕事から車で村に帰って来ると、おったまげた。イオズの橋の手前から竹がずら~と並んでいる。凄い、素晴らしい!!

竹の列
8日の今日、11日の「お提灯」の竹を立てる計画だった。私は仕事があって出れなかったが、こんなに凄くなるとは思いもしなかった。興奮、興奮、大興奮だ。大人が主役でやるとやっぱり凄い。参加した皆さんご苦労様。竹の長さは2.5から3.5m。本当に長~い。本数はざっと数えて115本。飾る提灯は100と言っていたが、だいぶ違う。手持ちの提灯は120個だから大丈夫だが。
イオズの橋から西向いて更に写す。
竹の列
画面左手に太目の竹が二ヶ所立っている。此処が「お提灯」の本部になる。せんまい場所だから、本部と言うのもおかしいが。
これだけの規模はひょっとして開闢以来ではなかろうか。375年の歴史で、最大規模かもしれない。村の古老に聞いてみよう。古老と言っても、最古老はうちの親父か。

日時: 2007年07月08日 | | | コメント (0)

 
いざ出陣!

今晩7時半から8時半まで、公民館で「お提灯」の打合わせをした。何と十人も結集した。何せ375年にして初めての経験だから、皆気合が入るはいる。

打合わせ

今回初めて知ったが、「お提灯」は三回ある。二回とばかり思っていた。相変わらず超いい加減、スーパーアバウトだ。しかも、お祭りする神様がそれぞれ違っていた。全て将軍様とばかり思っていた。激いい加減、エクセレントアバウトだ。
今年で言うと、第一回が7月11日(水)で「竜のお不動様」のお祭り。これは「イオズの橋」が架かっている間(はざま)から仁崎までの道両脇でする。第二回が7月21日(土)でこれは正真正銘「将軍様」のお祭り。これはそのものずばり将軍様でする。第三回は7月29日(水)で「観音様」。これは又「イオズの橋」でする。これについては全く記憶がない。不思議だ。
竜のお不動様は仁ノ村ではなく、宇佐にある。仁ノ村ではないが、お祭りしていると言うことで、一度取材に行こうと思う。観音様を初めてする本村のお祭りも、今年は紹介しよう。私自身、この歳になっても只の一度も見たことがない。
今晩の打合わせでは次のことを決めた。
①飾る提灯は100個。今までは50~60個ぐらいだったと思う。
②7月8日(日)午前9時、イオズの橋に集合、杭打ち。
③当日7月11日(水)は午後7時イオズに集合、7時半点灯。
④材料、資材調達の分担(ろうそく、花火、杭、針金等)。ちなみに私はろうそくと花火の調達担当。
しかし、六十前になってこんなことになろうとは。まっ、結構楽しいことには変わりないが。いやいや、かなり幸せなことに違いない。子供時代への回帰だ。怪気炎だ。ファイヤー!!
子供中心のお祭りが、突然大人中心になる。川端で飲むビールが旨いに違いない。会の最後はその話で持ち切りだった。
今日は飛陽の保育園の夕涼み会の予定だった。しかし、雨の為延期。残念。明日は飛陽が親元を離れ、初めて私共の方でお泊りだ。期待一杯、胸一杯。わくわく、そわそわ。

日時: 2007年07月06日 | | | コメント (0)

 
お提灯

いよいよ夏祭りだ。仁ノ村の夏祭りは、大きく二つに分けられる。一つは八幡様の「えんま」で、和紙に絵を描いた灯篭を飾る。もう一つは「お提灯」。仁ノ村で「お提灯」と言えば、提灯を飾る一群のお祭を指す。決して単に物としての提灯を意味しない。一群のお祭と書いたが、その通り。一つのお祭ではない。
仁ノ村は本村、仁崎・間、浜の三集落から成るが、それぞれがそれぞれの神様をお祭する。本村は観音様、仁崎・間は将軍様、浜は杉王様だ。
吾が集落「仁崎」の提灯が保管されている木箱がこれだ。

木箱
おおよそ縦40cm、横60cm、深さ50cmだ。この木箱がいつの頃からの物かは分からない。まさか私が小学生の頃に使っていた物ではないだろう。しかし、もしそうだとしたら、めちゃ嬉しいのだが。とは言っても、この木箱の子供の頃の記憶は全くない。木箱には真に申し訳ない。蓋を開けて見よう。思わず合掌。
提灯
提灯の大きさは一杯に広げて25cmほどだ。こうして見ると、小さい。子供の頃はもっと大きく見えた。それと、私の子供の頃の提灯は、もっとがっちりしていたように思う。現在のはほとんど紙ばかりでつくられている。
今年の仁崎の「お提灯」は画期的だ。「お提灯」は元来、小学生の男子が取り仕切る慣わしだった。しかし少子化の結果、歴史上初めて集落全体で取り組むことになった。将軍様が創建されたのが1622年だ。それから計算すると、少なくとも375年にして初めてという大変なことになる。
とは言っても、歴史は四百年単位で大きく変わると言うから、そんなものかもしれない。
いやいや待てよ。そうすると、これからの二、三十年と言うのは大変な激動の時期と言うことになる。南海地震もあるし、これは尋常ではない。
うんと大まかに日本の歴史を400年単位で振り返っておこう。西暦400年日本統一、800年平安時代、1200年鎌倉時代、1600年関ヶ原。800年間の公家政治があり、その後800年間武家政治が続いた形だ。現代を武家政治というのも変だが、鎌倉時代、江戸時代初期から続いているお祭をこうして引き継いでいることが、武家政治の終焉の一つの最後の姿なのかもしれない。
これから先の二、三十年はどのような変化をするのだろう。その変化が完結した時、お祭はどうなっているのだろう。こう考えると、少子化は真の原因ではないように思え出した。少子化も時代の鋭角的一大変化の一現象かもしれない。

日時: 2007年07月04日 | | | コメント (0)