今日の高知新聞の「小社会」に、おもしろい記事があった。
洋画家の梅原龍三郎が南仏にルノワールを訪ねた時の話だ。
リウマチ性疾患を患った手に筆を握って、
ルノワールは絵を描いていた。
傍らの婦人が龍三郎に言った。
「こんな手で、これほど描ける人はいないでしょう」と。
印象派の巨匠、ルノワールはこう返した。
「絵を描くのは手ではなく、眼だ」。
これは、出久根達郎さんの「百貌百言」に出て来るエピソードだそうだ。
「小社会」では、このエピソードを次のように解釈している。
絵画の極意は小手先の技術ではなく、対象を正確に見て、
十分に把握した上で、自ら消化すること。
私も同感。
絵にするということは、
「対象を正確に見抜いて、自ら昇華する」ことによって、
初めて達成されると思う。
こう書くと、
小説・詩・短歌・俳句など文字化する場合も、
同じことが言える。
私の場合は、紙芝居でもののけの世界を描いている。
実際に目の前に見えるものではなく、
頭にはあるのだけれど、
未だ具象化されてないものを描き出さなければならない。
絵を描く技術があれば、もっと楽だと思うが、
いよいよ壁が高いというか、難しい。
今度の「うくろう」、表紙を入れて17枚描かなければならない。
しかし、未だ二枚しかできてない。
そうかと言って、絵を描くという行動まで体が動かない。
う~ん、何とも不思議な気持ちが続いている。
明日は農園の仕事が昼から空きそうなので、
絵に気持ちを集中してみよう。
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2010年09月22日
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