今日、前の田んぼで、今年初めてシーレーを見つけた。
背丈は40cmから50cm。

ここは、四日前の12日に草刈りをしたばかりだ。
だから、たった四日で50cmほど伸びたことになる。
凄い。
シーレーを見ると、秋が来たと思う。
この三日ほどの冷え込みで、咲いたのだろうか。
来年は気を付けていよう。
念のため書いておこう。
曼珠沙華のことを、吾が村ではシーレーと言う。
ここまで書いて、ブログを公開してしまった。
何か書き足らないなと思っていた。
やっと、このブログをした動機を思い出したので、追加ブログ。
最近思う。
土佐犬ジョンと散歩していた頃は、
吾が村の自然が随分新鮮だった。発見が沢山あった。
だのに、丸一日、二十四時間、村に居るようになった今日この頃、
あの頃のように、まわりの村の自然をよう見ない。
ジョンとのあの七年半は、特別な時間だったのかもしれない。
もう、あのような気持ち、目でまわりをよう見ないかもしれない。
青春時代が、決してもう帰って来ないように。
と思っていた矢先に、このシーレーが突然目に飛び込んできた。
ジョンとの散歩では、よくシーレーと挨拶した。
ふっと、今思った。
あの頃の自分って、ひょっとしたら、
ジョンの目線で、まわりを見ていたのかもしれない。
そうかもしれない。
ジョンと、心臓というか心を共有しているという感覚は当時既にあったから、
目も、そう言えるのかもしれない。
これも、一つの複眼の視点に違いない。
夫婦についてもこれは言える。
何故夫婦になるかというと、
一人では行けない遠いところ、次元にでも、
複眼の視点を持つことにより、
たどり着けるから、とも言える。
ジョン、君はもう居ないけど、僕の心臓のリズムの中に、君は生きている。
そして、今日発見したけど、僕の目としても、君は存続しているよ。きっと。



