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2010年09月
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南海地震 | メイン
南海地震講演会

今日、春野町の森山公民館で、高知大学の岡本 真先生を迎えて、
南海地震講演会があった。
会場は、予定の七十名を越す参加者で一杯だった。
私の家からは、車で直ぐの所だ。

森山公民館

二時間の講演があっと言う間に終わった。
それだけ密度の濃い、緊迫感ある内容だった。
日頃、マスメディアから受ける情報に比べ、格段に現実味があった。
まず第一に強調されたのが、家の耐震診断だ。
地震対策のいろはの「い」で、これがないと、何を言っても始まらないとの指摘。
どうせ壊れるからという、ネガティブな思考では駄目とのこと。
寝室だけでも耐震補強をする必要を痛感。
早速、家内を説き伏せて診断をしよう。
次に、今度の南海地震は2025年までには終わっているとのこと。
国が言う30年以内に60%は、おかしいと思っていた。これは非常に納得。
今日仕入れた情報の中で、これが一番大きい。
そして、家の地盤を知っておくこと。
震度7だからと言って、全て7と言う訳ではない。地盤によって揺れは違う。
国土地理院発行の土地条件図で地盤を確認しておくこと。
春野の山は震度6弱、黄色の地域は震度6強、
注意しておかなければならないのは、旧河道だった場合。ここはほぼ倒壊。
ちなみに吾が家の地域は黄色。だから家は絶対に壊れる。
以下、講演の内容をまとめておこう。
まず、地震の揺れが始まるまでの心構えと対策。
①神戸の被災者の話。地震とは思わなかった。飛行機かダンプカーかと思った。
 興味深いのは、誰を助けようとしたか。決して隣の人ではない。
 自分が一番大切に思っている人、親しい人を助けている。
 日頃の親交の大切さ超実感。ご近所付き合い大事。助け合う関係を作っておくこと。
②揺れが始まるまでに何をしておくかが最重要。
 最初の一撃を生き残ることが眼目。 今度の南海地震では100秒、つまり1分40秒。
 家族がけがをしない生活を心がける。
 家族は絶対に家族を見捨てない。従って、一人のけがが悲劇的な結果を招く危険がある。
③命を狙っているのは、自分の家と家具。家がつぶれて、倒れて死んだ人がほとんど。
 二階は揺れが激しいが、つぶれるのは一階。木は曲げに弱い。10秒しか持たない。
 家は瓦の下の土が重たい。瓦の十倍重い。 
④家具は固定する。揺れが激しく、どうせはずれるというようなネガティブな考え方はしない。
 固定していなければ、最初の一撃でやられる。少しでも、持たすことが大事。
 引き出しは飛び出してくる。冷蔵庫のドアは開き、中の物が出て来る。
 空中を7m飛んだ墓石もある。
⑤寝室を守る。寝室に重たいものを置かない。
 重たい物は飛ぶ。テレビとか。 
 ガラスでけがをした人が多い。寝室に必ず靴を置く。
 今日から早速、スリッポン型の靴を枕元に置くようにしよう。
⑥誰が何処で寝ているか、寝室の確認。
 倒壊した家屋の一階の人に行き着くまでに4時間かかる。畳を切り開くのが非常に困難。
 位置がずれていると、最初からやり直しになる。命が助かるかどうかは最初の4時間。
⑦ストーブが消えても、熱ければ、引火する危険がある。
 土砂崩れの危険もある。春野町の山も、茶色の山肌が出る所もある。
 道の亀裂は、ぱくぱく開いたり閉じたりはしない。ゆっくり開いていく。
 震度5弱で冷蔵庫のドアは開き、電柱、ブロック塀は壊れる。
 玄関が開かない。バールは用意しておくこと。
 ビニールハウスはつぶれない。上から落ちてくる物もないから安全。
⑧自分がいいと思うことは、全てやる。
次に、揺れが終わったあとの対策。
①地震後、放心状態のため、次にすべきことは何も考えられない。
 津波のことを考えて、自分から逃げた人はいない。
 誰かが「津波が来るぞ」と言うのを聞いて、初めて逃げ始めるのが常とのこと。
 ラジオで震源を確かめる必要はありません。私達の下です。直ぐ逃げましょう。
②一輪車で70kgの人も運べる。道の亀裂、障害物があって、二輪、四輪より重宝する。 
 携帯電話は使えない。中継の塔が壊れているからだ。
③漢字で津波と書くけれど、津波は波ではない。何十兆トンの水の塊だ。
 高さ80cmの津波でも大きな車が流される。 春野町では8mの津波が予測されている。
 6~8時間内に繰返し津波は襲って来る。
 従って、大潮と必ず重なる時がある。大潮の時は2m程高くなるから要注意。
 地震で地盤は1m沈む。
④余震で夜寝られず、イライラがつのるので、高血圧の人は要注意。
 余震は3年続く。しかし、必ず小さくなって行く。
 一ヶ月以内に最大の余震がある。例外もあって、三ヵ月後に最大余震があったこともある。
⑤配給の各戸配布はない。だから避難所での生活が続く覚悟がいる。
 初日は我慢できても、次第に赤ちゃんの鳴き声、犬等に耐えられなくなってくる人が出て来る。
 配給の冷や飯も、初めはありがたがっていた人も、
 三日もすると、「いつまで冷や飯を食わせるつもりな」となる。
 それで、若い職員の中には、自殺者も出ると言う。
 「お互い様」、みんなが我慢し合えることが重要。
⑥壊れた家には、黄色か赤色の紙が貼られる。
 赤が貼られると、自分の家であっても入れない。
 黄色の場合は、消防団員の監視の下、1時間とかの時間制限で家に入れる。
最後に、南海地震豆知識。
過去四回を見てみると、南海地震は1605、1707、1854、1946(死者670人)年に起こっている。
年間6cm、100年で6m移動する。そして、我慢できなくなって、
100秒で一気にエネルギーを放出する。これが南海地震だ。
1946年の南海地震は規模が非常に小さく、放出されず残ったエネルギーが大きい。
このため、次に起こる南海地震は100年ではなく、80年で起こると予測されている。
そうすると、単純計算で2026年。
もう一つは、本番の地震までに周辺で規模の小さい地震が多発するという現象だ。
1995年兵庫南海地震、2000年鳥取西部地震、2005年福岡西方沖地震と
正確に5年おきに起こっている。これで行くと、今年2010年に何処かで起こるはずだ。
そして、2015年にまた何処かで起きる。その次の2020年が本番か。
結論、一人死ぬと大変。何としても生き残って行きましょう。
追伸:南海、東南海、東海の三つの地震が、三連動で、連続して起こった場合でも、
   揺れの大きさは変わらない。揺れには上限があり、震度7まで。震度9とかはない。
   しかし、津波は大きくなる。