還暦祝いの1月11日、携帯電話を紛失した。
気が付いたのは、式に出る前。
いつもと違い、服のポケットに入れていたのが間違いだった。
倉庫を整理していて、落としたという思いがあった。
しかし、幾度探してもない。
息子に携帯を呼び出してもらっても、うんともすんとも音沙汰なし。
今日は休みだったので、落ち着いて探したがやはりない。
電池切れになると、呼び出しも効かなくなると焦って来だした。
夕方、倉庫に足を運ぶと、ピピピピピッと電池切れの音がする。
なんと濡れたクッションの下になっていた。
何と言うタイミング!数秒でも遅れると発見できなかった。
機械とは言え、発見してくれるよう最後の悲鳴を出したように感じた。

いつから使っているか、写真のようにもうボロボロだ。
ストラップがちぎれているのがいかん。ストラップだけでも、新しいのにしよう。
長年持っているが、昨年までは余り利用してなかった。
もっぱら時計代わりだった。メールは使ったことがない。勿論よう打たない。
新しいのに替える話が出るが、今回のことでますます手放せなくなってきた。
機械とは言え、ここまで来ると、意地らしい。
考えるに、携帯電話はもう電話じゃないよね。
人工の機能が超拡大した耳のようなものだ。千里眼ならぬ千里耳イヤ超千里耳か。



