今日、西畑の弘願寺で、繁義の五十回忌の法要をして頂いた。
本来は二月だったが、二月は私が体調を崩したので遅くなってしまった。
繁義は私のひじいちゃんだ。私が八歳の時に亡くなったことになる。
長男夫婦と親父と私の四名が出席した。
私も歳がいたせいか、長男とその嫁さんが出席できたのを本当に嬉しく思った。
繁義は、彼らにとっては四世代前の長男ということなる。
法要後、若いご住職が「十代続くということは、1024名の男女が関わっている」とのお説教があった。
これは凄いことです。
更にご住職が、長男が弘願寺の庭で三歳頃撮った写真を見せてくれた。
それで、長男の嫁さんの提案で、同じ場所で写真を撮ることにした。

25年前の写真が下だ。

三歳の長男を抱いているのが、現在のご住職のお父さん。数年前に亡くなられている。
考えて見れば、この写真の私の親父と、現在の私はほぼ同じ年齢か。
こうして見ると、長男は随分大きくなったものだ。
お仁さんの写真の石垣といい、この弘願寺の庭といい、時を経ても変わらずあるものの前で写真を撮っておくのはいいものだ。
二枚の写真を比べてびっくり。親父、私、長男と手の組み方がまるでコピーしたかのように同じだ。
最後に一言。弘願寺は「ぐがんじ」と読みます。「こうがんじ」ではありません。
本日のありがたいお話の〆にはふさわしくない終わり方になりました。あいすみません。



