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2010年09月
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風景 | メイン
07八月考

八月も後一日、明日のみになった。八月が過ぎると、十二月までが本当に早い。あっという間にクリスマスになる。そういう感じだ。
八月は、一年を前半と後半とに分かつ役割を担わされている。そう思う理由の一つは、時間の体感速度の違いだ。八月を過ぎると、時間体感速度が一気に高まる。九月以降十二月までの時間体感速度は、一月から八月までのそれの倍はあるように思う。
もう一つの理由は、生命活動の動から静への劇的変化だ。繁殖からその停止への移行だ。その特徴は不連続で且つ極めて迅速なことだ。その変わりように一切躊躇はない。微塵のなごりも感じさせない。自然とはこういうものなのだろう。
不連続且つ迅速とはこう言うことだ。8月7日ブログ「レインリリー」で、堤の桜の葉っぱが黄色くなり始めたと書いた。ところがどうだろう。今年は8月8日(水)が立秋だった。まるでそれを知っていたかのように、三日ほどであっという間に葉っぱを落としてしまった。これには驚いてしまった。
桜の花びらが潔く散ることは知っていたが、葉っぱまでそうとはこの歳になるまで気付かなかった。六十近くまで生きて来て、未だ毎年々々新しい発見があるのだからおもしろい。しかもこの狭い2キロ四方ほどの仁ノ村で!
八月下旬の堤はこんなだ。

八月下旬堤
ご覧のように桜は葉を落としている。しかも、桜の花を美しく咲かせる樹ほど、綺麗さっぱりと葉を落としている。
八月初旬には、側溝は水が底をついていた。アメンボウは小さな水溜りに、可哀相に押し合い圧し合いしていた。しかし、現在は田植え時期と同様に、水が満々と流れている。アメンボウも元気に泳いでいる。しかも沢山。今年はアメンボウの豊作の年だった。アメンボウには、豊作と言う言葉は失礼かもしれないが。
自然と人間の活動は本当にリンクしている。今年は第一回目の田役は台風で遅れたが7月22日(日)、二回目は8月19日(日)にあった。そのせいもあり、堤は写真のようにたたずまいが美しい。
自然の衣替えのお手伝いを人間がしているようなものだ。
私はあじさい園の紫陽花の剪定を、今年は汗だくでした。紫陽花は9、10月に花芽を形成するからだ。昨年は10、11月に剪定したから、花が付かなかったはずだ。げに知らないと言うことは恐ろしい。
一月から八月までの活動を収束させるのが九、十、十一月だ。十二月はそれを楽しもう。そして次の一年を展望しよう。
一年の内で八月の持つ特別の意味を、深~く考えた今年の八月でありました。