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2007年08月 | メイン
お花紹介☆ペチュニア

松崎農園では、たくさんのお花を育ているので、少しずつご紹介していこうと思います。

お花紹介☆ペチュニア
↑ここまで育つと、あと1週間くらいで花が咲き始めます。やはり、お花が咲く瞬間は嬉しいものですよね。
お花紹介☆ペチュニア
このお花はペチュニアの中の[クリーピア]という種類。色はマジェンタ。花びらの色が鮮やかで、とても元気な気分にさせてくれる花ですよね。

日時: 2007年08月31日 | 松崎農園 | | コメント (0)

 
07八月考

八月も後一日、明日のみになった。八月が過ぎると、十二月までが本当に早い。あっという間にクリスマスになる。そういう感じだ。
八月は、一年を前半と後半とに分かつ役割を担わされている。そう思う理由の一つは、時間の体感速度の違いだ。八月を過ぎると、時間体感速度が一気に高まる。九月以降十二月までの時間体感速度は、一月から八月までのそれの倍はあるように思う。
もう一つの理由は、生命活動の動から静への劇的変化だ。繁殖からその停止への移行だ。その特徴は不連続で且つ極めて迅速なことだ。その変わりように一切躊躇はない。微塵のなごりも感じさせない。自然とはこういうものなのだろう。
不連続且つ迅速とはこう言うことだ。8月7日ブログ「レインリリー」で、堤の桜の葉っぱが黄色くなり始めたと書いた。ところがどうだろう。今年は8月8日(水)が立秋だった。まるでそれを知っていたかのように、三日ほどであっという間に葉っぱを落としてしまった。これには驚いてしまった。
桜の花びらが潔く散ることは知っていたが、葉っぱまでそうとはこの歳になるまで気付かなかった。六十近くまで生きて来て、未だ毎年々々新しい発見があるのだからおもしろい。しかもこの狭い2キロ四方ほどの仁ノ村で!
八月下旬の堤はこんなだ。

八月下旬堤
ご覧のように桜は葉を落としている。しかも、桜の花を美しく咲かせる樹ほど、綺麗さっぱりと葉を落としている。
八月初旬には、側溝は水が底をついていた。アメンボウは小さな水溜りに、可哀相に押し合い圧し合いしていた。しかし、現在は田植え時期と同様に、水が満々と流れている。アメンボウも元気に泳いでいる。しかも沢山。今年はアメンボウの豊作の年だった。アメンボウには、豊作と言う言葉は失礼かもしれないが。
自然と人間の活動は本当にリンクしている。今年は第一回目の田役は台風で遅れたが7月22日(日)、二回目は8月19日(日)にあった。そのせいもあり、堤は写真のようにたたずまいが美しい。
自然の衣替えのお手伝いを人間がしているようなものだ。
私はあじさい園の紫陽花の剪定を、今年は汗だくでした。紫陽花は9、10月に花芽を形成するからだ。昨年は10、11月に剪定したから、花が付かなかったはずだ。げに知らないと言うことは恐ろしい。
一月から八月までの活動を収束させるのが九、十、十一月だ。十二月はそれを楽しもう。そして次の一年を展望しよう。
一年の内で八月の持つ特別の意味を、深~く考えた今年の八月でありました。

日時: 2007年08月30日 | 風景 | | コメント (0)

 
真夏のハウス

真夏のハウスは暑すぎます(汗)なので・・・お花に水をあげても、あげても、すぐに土が乾いてしまいます。潅水は真夏で一番大事なお仕事です。やっぱり、暑い時は人間も花も水分補給が大事ですよね。

真夏のハウス
秋に向けて種もたくさん蒔き始めました。パンジーの種を8月6日に蒔き、ここまで芽が出てきました。9月頃には花が咲き始めます。パンジーは9月〜4月頃が旬の花です。これからドンドン過ごしやすくなるにつれて、お花の種類もたくさん増えていくので楽しみです。
真夏のハウス

日時: 2007年08月27日 | 松崎農園 | | コメント (0)

 
07高岡花火大会

今日は高岡の花火大会だ。
昨年は大ちょんぼをしてしまった。見事デジカメを持って来たのだが、中にメモリースティックを入れるのを忘れていた。
今年は三脚まで持って、充電もばっちり、抜かりなし。まっ、これが普通の私だ。はっ、はっ、はっ。
現在使っているデジカメCANONのG7は、花火も簡単に写すことができる。そこで早速トライ。

打上花火
確かに簡単に写すことはできる。しかし、満足のいく写真はなかなか得られない。二十枚ぐらい写して、そこそこなのはたったこの一枚のみ。
先日、宇佐の花火も見に行った。飛陽は、余りの音の大きさに初めはびびっていた。しかし、それにも段々慣れて、最後まで花火を見た。
従って、今日は誕生以来三度目の花火と言うことで、飛陽もすっかり慣れっこだ。花火が咲くと、指差して喜んでいた。あれから早一年が経った。飛陽を抱っこして歩いたが、ずっしりと重い。来年は一人で歩いて行くに違いない。
例の如く三世代、八人で見に行った。うちは何処かに行く時、大挙してもぶれるように行く。
打上花火
実は花火よりも、家族の写真の方を沢山撮った。
これは堤防の下の方から、高いたかいをしてもらっている飛陽を写した一枚。結構気に入っている。

日時: 2007年08月25日 | となりの花屋さん | | コメント (0)

 
八幡様南低地帯(続)

8月21日ブログ「八幡様南低地帯」の二枚目の写真の撮影地点から、南の方を写す。

低地帯
こういう風に写すと、緑が如何に多いかが分かる。
画面左の緑の濃い部分が例の森だ。森にしては小さいが、そうかと言って樹が沢山生えているではもの足りない。然るに由って「森」だ。
堤防と空の境が美しい。くっきりと直線で分かたれている。
更に南東方面にカメラを向ける。
低地帯
水門の下側を、黄色っぽい線が横に走っているのが分かると思う。この線に沿って外輪別堤がある。この部分から向こうが小松沼になるわけだ。植生が全く違うので、色で区別がついてしまう。
次回は外輪別堤あるいは例の三叉路辺りまで、東に進んでみよう。

日時: 2007年08月24日 | 風景 | | コメント (0)

 
八幡様南低地帯

仁ノ村最南の途が、八幡様南の低地帯を東西に走っている。これが先日までのお話。
今日はこの低地帯の全体像をもう少しはっきり把握してもらおう。
八幡様の東の入り口には鳥居がある。堤を越えてその南に、低地帯に下りる坂道がある。その地点から見た風景がこれだ。

低地帯
画面左端を堤が走っている。画面中程に文庫の鼻の崖が見える。その前に見える家並みが集落「浜」だ。右手の白い建造物は海に到る水門だ。左手の長い白い建物は旧農協だ。堤を更に東向かって進む。
低地帯
堤をずっと画面奥にたどって行くと電柱が見える。この地点が例の三叉路だ。真っ直ぐ行くと集落「間(はざま)」まで続く堤に到る。左に行くと本村、右に回ると集落「浜」だ。
この辺りは今時分が一番いいように思う。空の色もいい。

日時: 2007年08月21日 | 風景 | | コメント (0)

 
昭和三十年代望郷

副題は「仁ノ村最南途のビニールハウス」。仁ノ村最南の途の北側に、昔懐かしいビニールハウスを見つけた。私が小学生時分は、この規模だったように思う。でも、この頃ビニールハウスと呼んでいたかどうか定かではない。温床ではなかったかとも思う。

温床
この温床の高さは私の背の高さぐらい。幅は2m足らず。長さは7m近い。
段々記憶がよみがえって来た。この高さになる前に、大人の腰の高さほどの温床があったように思う。保温の為に、わらで作ったカバー「むしろ」を掛けていた。そうそう屋根は丸くはなく、への字型だった。
むしろ掛けをよく手伝わされた。子供なので、むしろが向こうの屋根まで転がらない。そこで長い竹を使って向こう側へ転がした。
正面の戸口が懐かしい。こんな風だった。赤いトマトも見える。これも懐かしい。摘み残された、真っ赤な熟したトマトを食べるのが楽しみだった。
例の如く木の梯子も見える。
この写真は西側からのものだが、東側からも写しておこう。
温床

八幡様から堤を越えた南の低地帯は、このように昭和三十年代前半の風景が残っているように思う。
昭和24年(1949年)生まれの私達は、小学の学年が覚えやすい。昭和31年(1956年)が小学一年生、そして勿論昭和36年(1961年)が小学六年生だ。
昭和35年(1960年)高度経済成長が本格化し、日本は農村型から重工業中心に大転換して行く。そう、その昭和35年以前の姿がちらほら垣間見える。

日時: 2007年08月19日 | ビニールハウス | | コメント (0)

 
三十而立

今日8月17日は長男の嫁さんの三十歳の誕生日。
タイトルは三十路も考えられるが、本来の意味は兎も角として、イメージがどうもね。
広辞苑で引いても、三十路は三十歳しか載ってない。他に意味がありそうに思うけど、どうなんだろう。
そこでタイトルは「三十而立」、即ち「三十にして立つ」にした。
三十而立の意味は、ご存知のように「三十年配になって、何物にも動かされない信念を打ち立てること」。こんなこと現代ではというか、戦後はどだい無理な話。
これに似た心境に成れるのは、七転び八起きの七八五十六を過ぎた57歳ぐらい。これは58歳の私目が実感するので、まず間違いないと思う。
そうすると、「四十にして惑わず」の不惑の四十歳に当たるのは、八十歳前の78歳か。期待しよう。
三十歳をケーキとジュースで祝う。例の如く全員でハッピーバースデイを歌う。

バースデイケーキ
ロウソクは太いのを三本。今回初めて、三十歳のバースデーケーキなるものを見た。なかなかシックで大人の雰囲気だ。驚いてしまった。全員「こりゃあ、うまい」。フルーツとクリームが絶妙のうまさを演出している。
製作は桟橋の「デリス」さん。TEL 831-7676です。是非召上って見て下さい。ファンになること請け合い!
一緒に居た飛陽のいい写真が撮れたので載せておこう。君のお母ちゃんが三十歳の時、君は一歳八ヶ月。君は今はお母ちゃんべったりの甘えん坊。でもいつか、君がお母ちゃんの応援団長になる日が来るんだからね。
一歳八ヶ月飛陽
でもこうして見ると、「三十にして立つ」ということは少しは言えるのかもしれない。「何物にも動かされない」とは言えないにしても。
私も29歳で結婚して、今後は高知で人生をまっとうしようと思ったし。私の家内は28で花卉栽培を始めて、彼女の人生の当面の的を決めたし。長男の嫁さんも埼玉から高知へ嫁いで来て、一児をもうけたし。埼玉から高知、知り合いは0。ほんと、一大決心だったと思う。
三十というのは、人生の一つの踏み切り台であるようには思う。
長男の嫁さんの誕生日を、息子どもと一緒に祝うというのもいいものだ。こういう機会を醸し出してくれる彼女に感謝もするし、今後の彼女の人生が而立(しこうして立つ)ことを望む。
長男晃平頑張れよ。君のお父ちゃんが、君のお母ちゃんにしたように。

日時: 2007年08月17日 | となりの花屋さん | | コメント (0)

 
立止考

今日は八月十五日。六十二年目の終戦記念日だ。
暑い夏だ。夏が暑い。夏の暑さに生命の危険を感じたのは、今年が初めてだ。2010年からは更に飛躍的に暑くなると言う、恐ろしい。
高知新聞の社説に「立ち止まって考えたい---終戦記念日」とあった。それで、今年1月3日のブログ「年頭念頭」を自己反省してみようと思い立った。タイトルの「立止考」は「立ち止まって考える」の略。立てた志を考察する「立志考」も兼ねている。まっ、何とでも言える。アバウト、アバウト。
年頭に当たり、九つの課題を掲げた。
①手作り紙芝居「うくろう--土佐環状線の巻」完成させる。
②ブログ新機軸「二独楽」制作着手。
③ミュージカル紙芝居着手。
④絵を50枚描く。
⑤ネットアニメ制作着手。
⑥巨大カボチャ作り
⑦地震予知の為、予兆現象収集整理。
⑧花卉栽培の仕事の準備。
⑨日本国憲法前文を英語で暗誦。
まず、全く手付かずなのは⑤⑥⑦。⑦に関しては定年後だ。⑥の巨大カボチャは種まきが桜満開の頃だから、今年も駄目。ただ⑤ネットアニメは、「うくろう」終了後12月に頑張ってみようと思っている。
後は何らかの取り組みをした。
まず⑨日本国憲法前文英語暗誦は、おとついだったか、やっと最後まで行き着いた。一年半かかった。数々の暗礁を克服しての暗誦だ。後は完全を目指して頑張るぞ!
英文だと意味が極めて明瞭だ。日本語の方は逐語訳なので、意味を理解するのが困難だ。
それと、暗誦すると重要な単語は際立って来るから不思議だ。起草した人達の真摯な心意気が伝わって来る。押し付けられたのではなく、勝ち取ったんだ、絶対に守らないかんと実感できる。
前文最後の単語resourcesに感動した。日本語訳は「全力」になっているが、resourcesは全力と言う概念を超えた言葉ではないかと思う。未だ気付いていない潜在能力とか、豊かな発想力とかを含む単語のように思う。当時の世界の人々が、日本の民衆に如何に期待したか良く分かる。
⑧花卉栽培への準備は、単純に肉体労働に慣れることから始めている。鉢、かごの整理から畑の整備等々。
今年前半の一番画期的な事と言えば、②「二独楽」だ。こんなに早く実現できようとは思っても見なかった。ただ気が付いてみると、新ブログになった四月以降は描けていない。一つは絵を描く技術が伴ってないことと、ペンで描くかタブレットで描くか迷いがあること。ひと月にひとつは作らんといかんなあ。できれば二週間に一作品が理想だ。
③ミュージカル紙芝居は11月にお披露目の予定だ。決まっているタイトルは現時点では二つ。「森のくまさん」とトトロの「あるこ、あるこ」だ。
④絵50枚の到達段階を見てみよう。まず二独楽が5作品だから、絵10枚。ブログでは紹介してないが、パネルシアター用に絵を4枚描いている。今後の予定が「うくろう」が16枚、「森のくまさん」が4枚、「あるこ、あるこ」が3枚だ。これで計37枚だ。そうそうそれと、イラストレータを使ってリンゴとガラス瓶のリアルイラストを作ったから、計39枚になる。現在は犬をつくっている。これを入れると40になる。後残りは10枚だ。達成できそう!
メインイベントは何と言っても①「うくろう---土佐環状線の巻」完成だ。8月の残り、9、10月の二ヶ月半はこれを最優先で取り組む。明日から早速取り組むぞ!!気合を入れる!
趣味でやっていることは、モチベーションを保つのが大変だ。ほんと。

日時: 2007年08月15日 | 松崎農園 | | コメント (0)

 
仁ノ村最南途の小屋

仁ノ村最南の途に、おもしろい小屋を二つ見つけた。
一つは途の北側にある。

小屋
トタンの波板のきちんとした姿がいい。例の木のはしごが掛かっているのが、これまたいい。おまけにポンプ付だ。このポンプは今までブログで採り上げたことはないが、村の方々にある。いつか紹介しよう。この小屋の高さは私の身長より少し高い程度。縦横共に2.5m足らずの四角形だ。入り口は北側にある。絵になる小屋だ。
もう一つは南側にある。
小屋
これは小屋よりも、青い舟にまず目をとられた。この独特の青さがいい。写真で見ると、空の青さとよくマッチしている。
小屋に立て掛けられた三本の丸太の、立てられ方がいい。これも絵になる。
この途はイメージとしては、浜辺に通ずる道だ。この途を抜けると、突然視界に潮さい香る真っ青な海辺が広がると言う感じだ。いいねえ。

日時: 2007年08月14日 | 小屋 | | コメント (0)

 
仁ノ村最南の途・続

今日紹介するのは、「仁ノ村最南の途」を東側から写した写真だ。
まず東端、外輪別堤から撮影した写真だ。

仁ノ村最南の途
右手奥に見える山の手前に、八幡様がある。左手にはちっこい森がある。正直、森と言っていいのか分からないほど小さい。しかし、樹が沢山生えているとかでは余りに表現が味気ない。私が好きな姿をしている森だ。
この途の両側には温床と小屋がある。なかなか風情があるので次の機会に紹介しよう。
さらに西に進んで、西方向を写す。
仁ノ村最南の途
この写真も、先日の二枚目の写真同様に気に入っている。
空の青さがたまらない。堤から北側の仁ノ村とはまた別世界だ。

日時: 2007年08月12日 | みち | | コメント (0)

 
仁ノ村最南の途

今日は一日中、夏の青空が広がった。午前中は青空が見えても、午後になると雲が出て来るというのが最近の傾向だった。それで幾度となく撮影に行くのを中止した。
そういう訳で、今日はいそいそと狙っていた撮影現場に向かった。
其処は堤から南にあって、八幡様から東方向に広がる低地地帯だ。堤と海岸線を走る県道春野赤岡線とに挟まれている。田、畑、不耕作地が混在している。
うんと大まかに言って、横に長い六角形の形をしている。長い方の角から角までが東西の長さになるが、それが約500mだ。六角形の高さが南北の幅に当たる。それが約250mだ。
この低地地帯の東端は小松沼に接する。その境には堤から県道に向かって南北に小さな堤が走っている。これを外輪別堤と言う。この外輪別堤の南2~30mの所から、この低地地帯を東西に「みち」が貫いている。長さは約390m、幅は2mあるかないかだ。
この「みち」の西の入り口は、仁ノ村の西の外れだ。その写真がこれだ。

仁ノ村最南の途
画面手前左に行くと、県交通のバス停がある。画面右の土地は思い出がある。私達の小学生時代、此処で金属類を拾ってお金に換えていた。お小遣い稼ぎだ。
この「みち」を少し入る。
仁ノ村最南の途
思い描いていた通りの写真だ。空の青さもずばりそのものだ。
この「みち」は仁ノ村の他の「みち」とは随分違う。写真だけでは分からないが、まず車の音がうるさい。他の「みち」の静寂さとはかけ離れている。直ぐそばを県道が走るからだ。トラックの音が凄い。それと、人手が未だかかってない、未開拓地という感がある。
私としては、土佐犬ジョンとの散歩で初めてこの「みち」を歩いた。ジョンがいなければ、この「みち」は通ることはなかったように思う。
西から入ってくると、外輪別堤に突き当たって終わるからタイトルは「途(みち)」にした。

日時: 2007年08月10日 | みち | | コメント (0)

 
07レインリリー

堤の東入り口に、レインリリーの一群がまた綺麗に咲いた。
またと言うのは、7月22日(日)の田役の前にも同じように咲いていたからだ。田役で他の草と一緒に刈り取られてしまっていた。それから二週間も経たずに元のように咲くのだから、その生命力と言うか、茎の伸長速度の速さに驚いてしまう。

07レインリリー
この写真は西方向から堤の東入り口向いて撮影している。花は全部で丁度70本だ。道の北側だけに、このように一列に咲いている。昨年初めて気が付いたのだが、いつから此処にこのように咲くようになったのだろう。
他の場所では、レインリリーが昨年から急に姿を消した。理由は分からない。ちょっと寂しい。
花を例によってアップで写しておこう。レインリリーはピンクの色が美しい。
07レインリリー
普通はこのように花びらが6枚だ。しかし、たまに8枚のものがある。
8月の声を聞くと途端に、自然界の生命活動が沈静化し始める感がある。燕が二度目の子育てをあきらめたのか、雛が二羽巣の下に落ちていた。堤の側溝の水も極端に少なくなり、アメンボウも窮屈そうに水面で押し合いへし合いしている。桜の葉っぱも黄色が目立つようになり、緑であっても葉が縮こまって来ている。

日時: 2007年08月07日 | 植物 | | コメント (0)

 
飛陽夕涼み会

昨日は飛陽の初めての夕涼み会だった。本当は7月だったが、台風の為に延期になった。
午後5時から7時まで行われる予定だった。私が仕事から車で急いでいる時に、何と雨が降り出した。案の定、会は早めに散会になってしまっていた。がっくり。
自前の写真が撮れなかったので、今回は長男晃平の写真を拝借した。

07夕涼み会
甚平姿がなかなかわいい。サンダルと結構マッチしている。こうして見ると、飛陽お前は額が広いなあ。そうそう、これは記念すべき最初の鳴子姿でもある。
07夕涼み会
アイスクリンを豪快になめて、見上げた目力がいい。
お提灯とか読み聞かせの会で忙しく、しばらく飛陽と会ってなかった。そしたら随分と変わっていたのでびっくりした。5月24日の「初参観日」、6月1日の遅ればせながらの「お節句」の頃に比べると、表情も動きも激変している。
とにかくよく動き回るのに驚く。それと二、三日前からゲームに興味を持ち出したと言う。確かに三男昌平の膝に座って、必死で画面を見つめている。う~ん、凄い。子供って未だ意味が分からないはずなのに、ゲームの何処に興味を持つのだろう。不思議だ。聞いてみたい。
走るのにも驚いた。また、保育園では名前を呼ばれたら返事をする練習をするとのこと。「松崎飛陽(とあ)くん」と呼ぶと、「はい」と言って手を上げるのがまたかわいい。
現在よく言う言葉は「ぶどう」と「あちい」。
飛陽のマイブームは、これまた保育園で覚えた「しゃぼん玉」。自分でも膨らませて喜んでいる。
赤ちゃんの月齢別発達プロセス表を見てみると、一歳半が一つの大きな節目になっているようだ。それまでは、どちらかというと内部の成長だ。一歳半を過ぎると、外に向かって成長して行くようだ。
走る、ドアを開ける、階段を上がる、ボールを投げる、音を聞き分ける、音楽に合わせて体を揺する、大人の真似をする等々。
一歳十ヶ月でジャンプするとある。期待しよう。
二歳になると曲線・円が書け、積み木を沢山積め、「これ何?」の質問攻め始まるとある。これまた期待しよう。
今日、長男に問われた。「お父ちゃん、僕らと何か遊んでくれた?」。正直、私は自分の子供とは全く遊んでいない。彼らが思春期の時も、全く看ていない。この時は、土佐犬ジョンを看るのに必死でありました。今こうして考えると、全く父親してないなあ。変な父さんでした。それにしても、息子三人が三人共に、よく健全に育ってくれました。はい。これも家内とご先祖様のお蔭です。

日時: 2007年08月05日 | 飛陽(とあ) | | コメント (0)

 
07浜観音様お提灯

台風5号が来るというので、朝6時半には幟を降ろした。前のあっちゃん、息子ども、それと家内で降ろした。今回は抜かりがなかった。はっはっはっはっ。まっ、そうえらがることもないけれど。
今日は浜の観音様のお提灯の紹介だ。
浜は観音様のお祭りの際は、このように東西に走る道に沿ってお提灯を付ける。写真は浜の東入り口付近から、西向いて写したもの。撮影時刻は午後6時40分頃。

07浜観音様
次は西から東向いて写す。
07浜観音様

浜が違うのは、ろうそくではなく電気で点灯することだ。赤い提灯があるのは今回初めて知った。結構カラフルだ。提灯の数は全部で97個。距離にして150mほどだろうか。なかなかのものだ。
今回本村、浜のお提灯を取材してつくづく思った。自分の子供の頃の行動半径の狭いこと、狭いこと。半径が約250mの範囲に納まっている。
本村も浜も共に、直線距離にして600m余り離れている。子供の頃は確かに、本村は隣町、浜は隣村だった。これは大袈裟な表現ではない。以前にも書いたが、私の祖父の代まではこの仁ノ村内での結婚が普通だった訳だから。吾が家で言うと、私の母が村外から嫁いで来た最初の女性だ。

日時: 2007年08月02日 | 祭 | | コメント (0)

 
07本村観音様続

今朝大ちょんぼをしてしまった。
八幡様の幟を揚げることをすっかり忘れていた。明日は八幡様の本祭りだった。幟を揚げに来た人に、レトとの散歩に出た所で出くわした。それで、やっと気が付いた。本当に面目ない。
今年で505年の歴史があるお祭りだ。今までこんな無責任な大将って居たんだろうか。あーあ、いい加減。コンピューターのディスプレイに幟の日をメモにして貼っておくことにしよう。
今日は昨日の本村の観音様の続きだ。本村の観音堂には、南と北の両方から道が入っている。
南から観音堂へ到る坂道は、お祭りの日はこんな風だ。撮影時刻は午後8時頃。

07観音様
北から観音堂に到る坂道はこんな風だ。お提灯の先の方に、先日ブログしたベット付二室小屋がある。
07観音様
真っ暗で何がなんだか分からないだろう。この北の道も、南の道と同様に山の直ぐ下を通っている。従って、右手のお提灯は山の岸に吊り下げられている。左手の暗がりは家が軒を連ねている。
本村の観音様のお提灯は、本村を構成する三つの集落が役割分担をしている。集落「北」が観音堂、「中」が北の道、「南」が南の道の提灯を管理している。
昨日も書いたが、生まれて初めて見る光景だ。ある種、感動を持って写真撮影している。

日時: 2007年08月01日 | 祭 | | コメント (0)