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2010年09月
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2007年07月 | メイン
07本村観音様

今日は本村の観音様のお祭りの紹介だ。
観音様が安置されている観音堂は、本村の南の山手に位置する。八幡様からは直線距離で250m程だ。宇佐の竜のお不動様と同様、仁ノ村の集落が共にこぞってお祭りするわけだ。
写真は観音堂を正面から写したもの。撮影時刻は午後6時45分頃だ。未だ準備中だ。提灯の点灯は午後7時予定とのこと。

07観音堂
お提灯が点いた観音堂。午後7時45分頃の撮影だ。
07観音堂
本村の観音様のお提灯は、生まれて初めて見た。58歳にしてだ。ちょっと感動。
お賽銭を持って来ることをすっかり忘れていた。仁崎のお提灯と掛け持ちで慌ててしまっていた。失敗、失敗。ばつが悪いこと限りなし。
観音堂についてもう少し詳しく知りたい方にお知らせ。2006年1月19日ブログ「馬頭観音堂」をご覧下さい。

日時: 2007年07月31日 | 祭 | | コメント (0)

 
07仁崎観音様お提灯

昨日は観音様のお提灯があった。浜と本村のお提灯も撮影した。今日は吾が仁崎のお提灯、明日は本村、明後日は浜と順次紹介していこう。
仁崎では、観音様のお提灯は竜のお不動様と同様、イオズの橋を中心に点けられる。
午後6時過ぎから竹を挿し始め、6時半には115本程の竹を挿し終えた。思いの他、早く終わってしまった。拍子抜け。
7時前から提灯を点け始めた。現在持っている提灯全てを飾った。126個だ。
それで、居合わせたみんなで記念撮影と洒落込んだ。

07観音様記念撮影
みんなも言っていたが、私もそう思った。これは百年後にも残る記念写真になるぞと。
そんな貴重な写真を、何と私はセルフタイマーでオートの一回だけしか写さなかった。でもご覧のようにバッチリ!う~ん、いい写真だ。
125のお提灯でも、写真に撮ろうとすると量感が今一だ。やはり180~220ぐらいは要る。
07観音様お提灯
撮影時刻は二枚の写真共に、午後7時半前。こうしてみるとかなり明るい。
これ以降もお客さんがどっさり来て、竜のお不動様のお提灯と同じほどの賑わいになった。嬉しい限りだ。
来年向けての反省。
1.事前のポスターでの告知。
2.開始の合図に打ち上げ花火を上げる。今回のように放送は必ずする。
3.打ち上げ花火は好評だった。花火の演出が要る。
4.午後7時半からのお客さんが多いので、花火を前半後半に分けてする。
5子供さんが喜ぶイベントを構える。子供さん向けの花火は絶対必要。.
竹も抜いて、お提灯を片付け終わったのが、例によって午後8時半前。時間厳守と後片付けのスピーディーな完璧さにはいつもながら感心。いつの頃からの伝統か知らないが、凄い。
後は公民館で打ち上げ。この日のビールは旨かった。酔っ払ってブログが今日になってしまった。

日時: 2007年07月30日 | 祭 | | コメント (0)

 
ベット付二室小屋

7月29日(日)が観音様のお提灯と言うことで、事前の取材をした。
そしたら、いつかは紹介しなければと思っていた小屋が目に入って来た。この小屋のユニークさは、ベット付きということだ。観音様から北に下って来た直ぐの所にある。

ベット付小屋
大きさは長さ約5m、幅約2.5m。南半分の屋根はセメント瓦で、北半分はトタンだ。支柱をまたぐ二本の横木の立派なのに驚く。更によく観察すると、二部屋になっている。ちょっと感動。
小屋を行き過ぎて、北方向から写す。
ベット付小屋
先の南方向からの写真とはまた違った風情を示す。黒色の真新しさが目立つトタンで、きりっと覆われている。屋根の端のブルーの輝きがいい。アルミサッシのドア付だ。
撮影時刻は午後4時15分。山の下ということで、少し暗かった。オートで写したが、フラッシュが光った。
小屋とは少し離れた距離での撮影だった。フラッシュなんか効くのかなと思ったが、なかなかどうしていい写真だ。

日時: 2007年07月26日 | 小屋 | | コメント (0)

 
07アガパンサス

今日梅雨が明けた。今日を逃したら、庭のアガパンサスの出る幕がなくなってしまう。ということで、今日は庭のアガパンサス。
今年は残念ながら、14日の台風4号で全てなぎ倒された。従って、その満開の美しい姿は見られなかった。北のカンナと合わせて考えると、自然の中の植物は当然野ざらし状態だから、生きていくのが本当に大変だ。
写真は7月6日のもの。

アガパンサス
このように9本が例年にない高さに伸びていた。この点は、北のカンナと同じだ。
満開の花を楽しみにしていたのに、本当に残念だ。
満開でなくても、雨の中ではこんなに美しい。
アガパンサス
昨年は7月14日に満開になっている(7月14日ブログ「雨に映う」)。台風がなければ、昨年とほぼ同じ日に満開になったに違いない。
北のカンナは二ヵ月後にまた復活するだろうが、アガパンサスはもうこれで終わりだ。満開の期間はたったの一週間足らず。本当に短い花の命だ。
アメンボウは今年は大豊作。柿と同じように、裏年と表年があるのだろうか。今朝もレトと散歩していると、堤の側溝に居るわいるわ。川面に雨が作る同じリズムで、せわしなく波紋が出来ては消えていた。
しかし、レインリリーは今年も群生を見ない。二輪だけ見つけたが、もうしおれかけだった。

日時: 2007年07月23日 | 植物 | | コメント (0)

 
07将軍様夏祭

今日は、吾が集落にとっては最大のイベント「将軍様のお提灯」だ。
今日は早朝から大忙し。朝5時半には犬のレトのお散歩、6時からは将軍様の幟立て、参道の掃除。そして台風で参道に倒れた孟宗の除去。急いでやっていたら、思わず酸欠状態。胸の動悸が高まる。あ~あ、歳はとりたくないものだ。7時15分には切り上げて、7時40分には出勤。
う~ん、吾ながら「時をかける少年」。いやいや滅相もない、そんなことは冗談にも言えません。やっぱり「時をかける爺ちゃん」。しかし、爺ちゃんが時をかけると、直ぐ死んでしまうことになる。ここは「時をかける美少・年(美が少し寂しくなった年代)」で手を打っておこう。
提灯は参道の東側に約100個点けた。

将軍様お提灯
写真は夜間モードでフラッシュを炊いた。三脚を使用。夜間撮影はやはり三脚が必須だ。
フラッシュを炊かない映像が次だ。来年は参道両側200個を目指そう。
将軍様お提灯

提灯の準備は午後6時から始めた。鳥居からお社まで針金を張り終わるのに40分かかった。6時40分には、未だ明るいと思ったが提灯を点け始めた。
7時53分には消え始めたので、回収を開始した。8時20分には後片付けを終了した。
階段は124段ある。70段上った所でへたばる。この2時間余りで何回上下しただろう。汗びしょ。
今年はアイスクリンも販売した。しかし、お参りは竜のお不動様の時の半分くらいか。
今晩は色々の会議が重なったこともあるし、皆仕事も忙しかった。
気付いた課題をメモしておこう。
1.夜、お社までは本当にきつい。昼間と違い、長く感ずる。
2.避難場が全く活用できなかった。
3.参拝の人を多くするにはイベントが要る。神様の真ん前ということで花火をしなかったが、花火をすると か。やはり小さい子供さんからおばあさんまで楽しめる余興が要る。
4.針金に提灯を吊るす方法の工夫。今回はレポート用紙を留める小さいバネを利用した。
誰も居なくなったお社に立って、真っ暗な将軍山を見渡した。真っ暗だ。南海地震の時、此処で一週間かと思うと、大変だなあと思う。
兎にも角にも385年目の将軍様のお提灯も無事終了。朝と晩と、忙しい中皆さんご苦労様でした。
明日は田役です。重ねてご苦労様です。

日時: 2007年07月21日 | 祭 | | コメント (0)

 
命日

今朝、嫁さんに「今日はジョンの命日やね」と言われた。それで、初めて気が付いた。そうだ、今日はジョンの命日だ。土佐犬ジョンが突然なくなってから、丸三年が経ったわけだ。早いようでもあるし、未だ三年しか経ってないのかとも思う。しかし、三年経つとジョンの命日すら忘れてしまうのかと、不覚。これも歳のせいかと苦笑もする。
百円ショップで造花とお菓子を買って、今日は一人でお参りだ。

ジョンのお墓

ジョンの命日にお参りできたのは、三年目にして初めてだ。偶然仕事休みと重なった。有難いことだ。造花は夏らしく向日葵と、私の好きなピンクのグラジオラス。お菓子は例によって、ジョンの大好きだった煎餅。
グリーンものがすっかり色あせてしまっていたので、取り除けた。秋に忘れずに持って来よう。
お墓の落葉を一枚いちまち拾っていたら、急に涙が込み上げて来た。堪らない。ジョンとの七年半という時間は、私の心にしっかりと集積している。その意味で、時間は流れない。ただ積もるだけだ。
画面左隅の黒の犬は記憶がない。自分が置いたのだろうか。まっ、ジョンも友達が居ていいだろう。

日時: 2007年07月19日 | 土佐犬ジョン | | コメント (0)

 
新しい鈴

今朝、将軍様に新しい鈴が付いた。

将軍様
手すりも新しくなっていた。鈴が金色なのには驚いた。そうか、もともとは金色なんだ。房も新しくなっていたのにも驚いた。立派な房だ。こんな房は初めて見る。
鈴と房をアップで写しておこう。
鈴と房
今年は、将軍様にとっては画期をなす年になった。鳥居も、参道も、お社の手すりも、鈴と房までも新しくなった。おっとそうそう、旗も新しくなっていた。「お提灯」も、申し合わせたように今年から親主導の運営になった。これもなんかの縁だろう。
7月21日(土)の将軍様の「お提灯」は盛大にやろう。今日上ったら、参道は台風で倒れた竹やらでもう一杯。まず掃除からだ。それから肝心要のお提灯の飾り付けだ。
上り口から避難場まで103歩、それからお社まで23歩、計126歩だ。3歩毎に点けたとしても、40個余りですむ。お社の周り、避難場もぐるりと点けよう。
当日午後6時半集合と言うことだったが、事前に打合わせの会を持とう。盛大にやるぞう!!

日時: 2007年07月17日 | 祭 | | コメント (0)

 
台風4号被害

今朝の高知新聞を見て納得した。昨日の台風4号は、鹿児島県大隈半島上陸時の中心気圧が945ヘクトパスカルを記録した。これは1951年統計開始以降で、7月に上陸した台風では最強の勢力だったらしい。確かに昨日は朝から異常を感じた。車で家を出たが、文庫の鼻は既に封鎖され始めていた。私は際どい所で通れたが、桂浜への花海道ではちょっと危険を感じた。雨と水しぶきでワイパーが間に合わない。前が見えん、見えん。風速25mの暴風域に入った午後6時以降は、庭にも出れなかった。徳島県だったか、愛媛県だったか、テレビ画面に川が写ったと思ったら、強風で雨が水平に降っている画面だった。
これが風速20mかと感心した次第。これも温暖化のせいなのだろうか。
幸い、ビニールハウス等への被害はこれと言ってなかった。しかし、庭の花とかは相当吹き飛ばされた。北のカンナが心配で見に行ったら、唖然愕然。想像以上になぎ倒されていた。

北のカンナ
この惨状は昨年以上にショックを受けた。それは今年は素晴らしい出来栄えだったからだ。この7月10日の写真がこれだ。
北のカンナ
普段は高さが2.5mぐらいなのに、今年は3mあった。温暖化のせいで、成長が促進されたかなと思ったりもしていた。花もみずみずしく美しかった。それだけに惜しい、惜しい。ああ残念。また二ヶ月待たなければならない。
昨年のおさらいをしておこう。
昨年は8月18日に強風があり、北のカンナがなぎ倒された(2006年8月20日ブログ「カンナ見えず」)。
そして、10月15日には復活していた(2006年10月15日「カンナ復活」)。

日時: 2007年07月15日 | 植物 | | コメント (0)

 
07お提灯続

今年は親主導の運営と言うことで、少なくともここ三十年はなかったと思う人出があった。ざっと数えて子供8人、大人27名の計35名がいた。これは数えた時点での数だから、これ以前に来てくれた人も入れると50名近いのではないかと思う。感謝だ。
写真は本部前のもの。撮影時刻は午後8時5分だ。夜間の撮影はやはり難しい。今回はこれが自分としてはベスト1だ。

お提灯
この光景は懐かしさが込み上げて来る。たまらない風景だ。私の子供の頃は、毎年この光景が繰り返されていた。私の息子達が子供の頃には、この光景は既にもう見られなくなっていた。
生後一ヶ月の赤ちゃんが二人も来ていた。びっくりするやら、嬉しいやら。赤ちゃんは、その存在そのものが価値だ。そしてやっぱり希望だ。その家族の、そして同時に村の希望だ。
人生が始まったばかりの人から80歳代の人までが、同じ場所で、同じ時間を共有し、同じことを楽しむ。これこそが文化だ。
提灯を点けて回ると言う見掛けの作業は同じだ。しかし、10歳前後の子供達と80歳代のおじいちゃん、おばあちゃんとでは、自ずからその意味合いが違ってくる。70年前に点けた同じ灯火を、70年を経てまた点けている自分の発見。どんな気持ちだろう。
少子化で止むを得ない事態だったとは言え、今回の親主導は良かったと思う。
最後に道を真ん中にして写真を写しておこう。偶然花火もしていなくて、真っ暗な中に提灯が浮かんでいる。
お提灯
撮影時刻は午後7時54分。昨日の写真のわずか12分後。その10分余りの間に、こんなに暗くなってしまった。
次の「お提灯」は九日後の7月21日(土)の将軍様だ。

日時: 2007年07月12日 | 祭 | | コメント (0)

 
07お提灯

今日は、375年の歴史で初めての、親主導の「お提灯」だ。その記念すべき第一弾は「竜のお不動様のお祭」だ。天気予報通り午前中は雨だったが、午後6時には曇り空になっていた。午後7時10分にはお提灯を点け始めた。この写真は丁度午後7時半のものだが、早くも十名の人が来てくれていた。この時点でもう既に感動。

お提灯
「お提灯」を見栄えよく撮影するのはなかなか難しかった。今日はその中でも遠目からのものを一枚。撮影時刻は午後7時43分だ。
お提灯
120近くお提灯を点けても、こうして見るとそう多くは感じない。
現場の雰囲気を写真で伝えるのは結構難しい。私の力量では偶然に頼るしかない。
この写真からは、村のほんのり感が感じられれば良しとしよう。実際かなり盛り上がった。それはまた明日。
忙しくて、他の集落の「お提灯」を見る余裕がなかった。今後、これに関してはちょっと工夫が要る。その集落の人に撮影を頼んで置くとか。自分が行くのは、こりゃ無理だ。
ろうそくは燃焼時間1時間のものを主に使用した。事前に試しに点けてみたが、燃焼時間の正確なのに驚いた。1時間のもので燃焼時間は1時間15分、2時間のものだと何と2時間5分だった。
正確と言えば、吾が村は時間厳守だ。これには驚く。最初に気付いたのは避難訓練の時だったが、正確に終了予定時刻に終わる。今日もきっかり午後8時半に終了。先日、集落の常会があった。この時も会の時間1時間で、正確に午後8時半に終わった。凄い。本で読んだ何処かの優良企業並み。

日時: 2007年07月11日 | 祭 | | コメント (0)

 
興奮興奮大興奮

仕事から車で村に帰って来ると、おったまげた。イオズの橋の手前から竹がずら~と並んでいる。凄い、素晴らしい!!

竹の列
8日の今日、11日の「お提灯」の竹を立てる計画だった。私は仕事があって出れなかったが、こんなに凄くなるとは思いもしなかった。興奮、興奮、大興奮だ。大人が主役でやるとやっぱり凄い。参加した皆さんご苦労様。竹の長さは2.5から3.5m。本当に長~い。本数はざっと数えて115本。飾る提灯は100と言っていたが、だいぶ違う。手持ちの提灯は120個だから大丈夫だが。
イオズの橋から西向いて更に写す。
竹の列
画面左手に太目の竹が二ヶ所立っている。此処が「お提灯」の本部になる。せんまい場所だから、本部と言うのもおかしいが。
これだけの規模はひょっとして開闢以来ではなかろうか。375年の歴史で、最大規模かもしれない。村の古老に聞いてみよう。古老と言っても、最古老はうちの親父か。

日時: 2007年07月08日 | 祭 | | コメント (0)

 
いざ出陣!

今晩7時半から8時半まで、公民館で「お提灯」の打合わせをした。何と十人も結集した。何せ375年にして初めての経験だから、皆気合が入るはいる。

打合わせ

今回初めて知ったが、「お提灯」は三回ある。二回とばかり思っていた。相変わらず超いい加減、スーパーアバウトだ。しかも、お祭りする神様がそれぞれ違っていた。全て将軍様とばかり思っていた。激いい加減、エクセレントアバウトだ。
今年で言うと、第一回が7月11日(水)で「竜のお不動様」のお祭り。これは「イオズの橋」が架かっている間(はざま)から仁崎までの道両脇でする。第二回が7月21日(土)でこれは正真正銘「将軍様」のお祭り。これはそのものずばり将軍様でする。第三回は7月29日(水)で「観音様」。これは又「イオズの橋」でする。これについては全く記憶がない。不思議だ。
竜のお不動様は仁ノ村ではなく、宇佐にある。仁ノ村ではないが、お祭りしていると言うことで、一度取材に行こうと思う。観音様を初めてする本村のお祭りも、今年は紹介しよう。私自身、この歳になっても只の一度も見たことがない。
今晩の打合わせでは次のことを決めた。
①飾る提灯は100個。今までは50~60個ぐらいだったと思う。
②7月8日(日)午前9時、イオズの橋に集合、杭打ち。
③当日7月11日(水)は午後7時イオズに集合、7時半点灯。
④材料、資材調達の分担(ろうそく、花火、杭、針金等)。ちなみに私はろうそくと花火の調達担当。
しかし、六十前になってこんなことになろうとは。まっ、結構楽しいことには変わりないが。いやいや、かなり幸せなことに違いない。子供時代への回帰だ。怪気炎だ。ファイヤー!!
子供中心のお祭りが、突然大人中心になる。川端で飲むビールが旨いに違いない。会の最後はその話で持ち切りだった。
今日は飛陽の保育園の夕涼み会の予定だった。しかし、雨の為延期。残念。明日は飛陽が親元を離れ、初めて私共の方でお泊りだ。期待一杯、胸一杯。わくわく、そわそわ。

日時: 2007年07月06日 | 祭 | | コメント (0)

 
お提灯

いよいよ夏祭りだ。仁ノ村の夏祭りは、大きく二つに分けられる。一つは八幡様の「えんま」で、和紙に絵を描いた灯篭を飾る。もう一つは「お提灯」。仁ノ村で「お提灯」と言えば、提灯を飾る一群のお祭を指す。決して単に物としての提灯を意味しない。一群のお祭と書いたが、その通り。一つのお祭ではない。
仁ノ村は本村、仁崎・間、浜の三集落から成るが、それぞれがそれぞれの神様をお祭する。本村は観音様、仁崎・間は将軍様、浜は杉王様だ。
吾が集落「仁崎」の提灯が保管されている木箱がこれだ。

木箱
おおよそ縦40cm、横60cm、深さ50cmだ。この木箱がいつの頃からの物かは分からない。まさか私が小学生の頃に使っていた物ではないだろう。しかし、もしそうだとしたら、めちゃ嬉しいのだが。とは言っても、この木箱の子供の頃の記憶は全くない。木箱には真に申し訳ない。蓋を開けて見よう。思わず合掌。
提灯
提灯の大きさは一杯に広げて25cmほどだ。こうして見ると、小さい。子供の頃はもっと大きく見えた。それと、私の子供の頃の提灯は、もっとがっちりしていたように思う。現在のはほとんど紙ばかりでつくられている。
今年の仁崎の「お提灯」は画期的だ。「お提灯」は元来、小学生の男子が取り仕切る慣わしだった。しかし少子化の結果、歴史上初めて集落全体で取り組むことになった。将軍様が創建されたのが1622年だ。それから計算すると、少なくとも375年にして初めてという大変なことになる。
とは言っても、歴史は四百年単位で大きく変わると言うから、そんなものかもしれない。
いやいや待てよ。そうすると、これからの二、三十年と言うのは大変な激動の時期と言うことになる。南海地震もあるし、これは尋常ではない。
うんと大まかに日本の歴史を400年単位で振り返っておこう。西暦400年日本統一、800年平安時代、1200年鎌倉時代、1600年関ヶ原。800年間の公家政治があり、その後800年間武家政治が続いた形だ。現代を武家政治というのも変だが、鎌倉時代、江戸時代初期から続いているお祭をこうして引き継いでいることが、武家政治の終焉の一つの最後の姿なのかもしれない。
これから先の二、三十年はどのような変化をするのだろう。その変化が完結した時、お祭はどうなっているのだろう。こう考えると、少子化は真の原因ではないように思え出した。少子化も時代の鋭角的一大変化の一現象かもしれない。

日時: 2007年07月04日 | 祭 | | コメント (0)

 
堤西端更に更に

6月16日ブログ「堤西端へ更に」の続きだ。田の水の出水口とも言うべきセメントの構造物より更に堤西端へ歩みを進める。距離にして十数メートルだ。

堤西端
写真は今年の4月9日のもの。堤西端の日本の桜が判別できる。
桜の左の裸の大きな樹はセンダンだ。黒の小屋は、このアングルから見ても風情がある。砂利が向き出しになったセメントの建物があったのは、この小屋の手前だったと思う。
次の写真はこの5月8日のもの。緑で覆われてしまっている。撮影時刻は共に午前10時半前後だ。
堤西端
堤西端の三叉路は、大きな三角形を形成する。東西がほぼ直線の50m、南北が直線の75m、この二線がセメントの出水口で直角に交わる。この二直線を結ぶ斜線は、弧を描いている。その距離約100mだ。

日時: 2007年07月02日 | みち | | コメント (0)