今日は東の小松沼だ。こちらの方がメインだ。東西の長さ約550m、南北の幅約150mだ。
撮影地点は先日のブログ「小松沼西」と同じ。単に振り返って写したに過ぎない。
「小松沼西」は東方向から西向きに写している。今日の「小松沼東」は、沼の西方向から東向いて写している。


子供時代の小松沼の記憶はほとんどない。鯔(ボラ)が獲れて食べたことぐらいだ。それと、祖父と一緒に一度だけ沼に来たことを覚えている。その記憶の画面にはうちの舟がある。しかし、乗ったかどうかは覚えてない。
小松沼は地震による沈下で沼化されたものだ。安政元年(1854年12月24日)の南海地震には、3mばかり土地が陥没したらしい。宝永四年(1707年10月28日)の南海地震では、津波が山近くまで押し寄せ、仁ノ村の三分の二が浸水したと言われている。
宝永の地震は日本最大級の地震の一つだ。この巨大地震は400年サイクルで来ていると言う。そうすると、今度の南海地震はそれに当たることになる。おっそろしっ!宝永地震の時、宇佐で400余名、須崎で300余名流死している。種崎は全滅で死者400余名。種崎、宇佐共に20m級の津波が押し寄せている。



