判明スズメバチ |
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2007年06月30日
昨日、軒下を見て仰天。あの徳利を逆さにしたような蜂の巣が、何とスズメバチの巣に激変だ。やっぱりスズメバチだったんだ。濃く弧を描いた模様が異様だ。未だ作ったばかりで湿っているからだ。 ![]() この写真は午前9時25分、ほぼ四時間後の午後1時20分には次のようになっていた。 ![]() それにしても、模様はつくづくおどろおどろしいと思う。作っている本人達は、色といい、模様といい、形といい、惚れぼれしているに違いない。美意識はかくも違うものか。 二匹同時に見るのは初めてだ。中に未だ居るのだろか。夫婦かな。 さあて、今度こそどうするか。家族だけなら問題ないだろうが、お客さんが来るからなあ。蜂はきっと違いを認識すると思う。いつもと行動パターンが違う人間が居ると。挙動不審人物発見、要注意と!! |
消え行く小屋 |
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2007年06月28日
通りがかって驚いた。2006年11月5日のブログ「村最大小屋」で紹介した小屋が,解体され始めていた。 ![]() 休んだと言うよりは、ジョンは疲れてもう動こうとはしなかった。仕方がないからジョンを小屋につないで、私は家まで走って帰り、軽四に乗って迎えに戻って来た。これが毎朝繰り返された。ジョンの前足を荷台に掛けさせ、お腰をよっこいしょと押し上げる。彼は満足げな体で車が動くのを待つ。これがお決まりのパターンだった。 しかし或る雨上がりの日、小屋の前の土が予想以上にぬかるんでいて、車がスリップして動けなくなった。どんな風にして脱出したか覚えてないが、そんなこともあった。 ビワの木もどうなるかわからないから、写しておこう。 ![]() 思い出の風景が亡くなるのは哀しい。ジョンと共有した思い出が亡くなるのは、更にさらに哀しい。でもこうして思い出の一つひとつが確実に、正確に消えて行くんだ。時の為せる技だ。 |
小松沼東 |
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2007年06月26日
今日は東の小松沼だ。こちらの方がメインだ。東西の長さ約550m、南北の幅約150mだ。 ![]() ![]() 子供時代の小松沼の記憶はほとんどない。鯔(ボラ)が獲れて食べたことぐらいだ。それと、祖父と一緒に一度だけ沼に来たことを覚えている。その記憶の画面にはうちの舟がある。しかし、乗ったかどうかは覚えてない。 小松沼は地震による沈下で沼化されたものだ。安政元年(1854年12月24日)の南海地震には、3mばかり土地が陥没したらしい。宝永四年(1707年10月28日)の南海地震では、津波が山近くまで押し寄せ、仁ノ村の三分の二が浸水したと言われている。 宝永の地震は日本最大級の地震の一つだ。この巨大地震は400年サイクルで来ていると言う。そうすると、今度の南海地震はそれに当たることになる。おっそろしっ!宝永地震の時、宇佐で400余名、須崎で300余名流死している。種崎は全滅で死者400余名。種崎、宇佐共に20m級の津波が押し寄せている。 |
小松沼西 |
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2007年06月24日
仁ノ村の西端の三叉路の話を進めていたら、その南から東に向かって広がる小松沼が気になりだした。 ![]() ![]() 画面左端に、宇佐向いて仁淀川大橋が架かっている。画面右の白色建物が消防屯所だ。その左手が八幡様だ。 |
紫陽花新名所 |
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2007年06月22日
紫陽花の新名所出現だ。場所は吾が集落「東」の西入り口から、集落内に入った直ぐの左手角だ。2005年9月5日にブログした「雨の道」の東端の北角に当たる。ここから北に将軍山への道が伸びる。 ![]() あじさい園の紫陽花は今年は全く駄目。昨年刈り込んだのが10、11月と遅過ぎた。花の付きがすこぶる悪く、まばらだ。 それでも、一つだけ綺麗なのがあったので写真に収めた。大きさは手のひらよりも小さい。 ![]() あじさい園には軽トラで行った。ヘビが恐かったからだ。案の定、山みちの入り口で1.5mはあるヤネトオシに出くわした。あじさい園でも撮り頃の紫陽花を捜していたら、ヘビに遭遇。危険を感じたので、軽トラで一目散に帰って来た。 昨年当たりから、いよいよ梅雨時にヘビが多くなった。ハメ以外は毒性はないとは言え、余り気持ちいいものではない。ヤネトオシは家の守り神という言い伝えがあるので、絶対に殺しはしない。 |
今年はメダカ |
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2007年06月20日
家内がこの16日(金)に門で何かをしていた。見てみたら水槽を二個設置していた。 ![]() 向かって右の水槽でメダカを飼う。左側には、亮平にエノ川でタナゴでも採ってもらって入れるという。 昨年まで飼っていたあの綺麗なフナは、エノ川に返したそうだ。 右の水槽のみを写す。 ![]() 亮平の鯰への挑戦は今年もあるだろうか。これは半信半疑。 |
07燕巣立つ |
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2007年06月18日
今朝、燕が巣立った。朝5時半に散歩のため庭に出た。そうすると、庭の上の空にえらい数の燕が乱舞していた。散歩から帰って来て、家内に言われて初めて気が付いた。 ![]() ![]() 待ちかねて、とうとう午前9時45分には皆が飛び立った。最後になったこの燕は、やっと午後1時になって巣を飛び立った。ほっと一安心というか大安心。ばんざ~い、万歳。 去年は6月16日に五羽が巣立っている。二日しか違ってないのが凄い。二年続けて燕の巣立ちを目の当たりにできたのは、本当にラッキー!! 2006年6月16日ブログ「燕巣立つ」をご覧下さい。燕の子育てをまとめてあります。 |
堤西端へ更に |
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2007年06月16日
6月8日ブログ「堤西端東側」の画面を更に西に進む。堤の拡張工事が済んでいるところまで来て写す。 ![]() ![]() このアングルは絵になるような風景でもないし、少年時代の記憶にも全くない。記録として残して置く為に、一連の風景の一区画として写したに過ぎない。 画面に見える桜は二本だが、写真奥の電柱の向こう側にもう一本桜がある。6月8日ブログの一番手前の桜と同様、今日の写真の一番手前の桜もアップはこの写真一枚だけだ。 手前左手に見えるセメントの構造物の名前は知らない。ここから水が出てくる。土佐犬ジョンはここでよく水を飲んだ。雷魚を初めて見たのも此処だった。 次回は、この風景から更に西端に歩みを進める。 |
堤西端南側 |
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2007年06月14日
今日は堤西端を南側から写す。写真はほぼ同じアングルからの二枚だ。上が5月21日、下が6月11日だ。 ![]() ![]() 小屋が二つ見える。田んぼの縁にある小さいのと、黒のトタン張りの大きいのだ。もっと正確に言うと、この大きいのの左側に、少し小さい小屋がある。 みちの説明をしておこう。画面右手に堤防を進むと浜へ、左手に行くと八幡様に到る。正面に見えるのが桜の樹で、その直ぐ左手のみちを画面奥に進むと本村の十字路に到る。 こうして書いていて気が付いた。このアングルからの桜の花が咲いた時の写真がない。残念。さあ、今年の工事はどう進むのだろう。できるなら、このアングルからの桜の花を写しておきたい。 |
おごろもち風車 |
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2007年06月12日
吾が集落から間(はざま)に行く途中に、おもしろい畑が出現した。 ![]() 吾が村には風流な人も居るなあと思っていたら、これが「おごろもち」対策とのこと。写真を撮っていたら、製作者と偶然遭遇して訳が聞けた。 「おごろもち」とはモグラのこと。もうこんな言葉、長いこと聞いたことがなかった。そう言えば、子供の頃は「おごろ、おごろ」とよく言っていた。 何故この風車が「おごろもち」対策になるか。それは、風車が回る振動が竹を伝って地面に到り、モグラを追い出すのだと言う。モグラはミミズを餌にすると言う。これも初めて知った。確かに此処の畑は肥えているようだ。モグラの通った盛り上がりがあちこちに見える。 風車をアップで写しておこう。 ![]() モグラは漢字も別称もおもしろい。 漢字は土竜。これは当て字としては超素晴らしい。只何で竜を使うか、その理由が皆目理解不能。竜のイメージとしては、とてつもなくでかいのだから。 別称:田鼠(でんそ)、むぐら、うぐら、もぐらもち、うごろもち。これは広辞苑で調べたもの。「おごろ」とか「おごろもち」というのは、土佐特有なのだろうか。 モグラの姿もないのに、カテゴリーを動物にした。今日の真の主役は、実はモグラということで。モグラの写真を撮ると言う手もあるが、その時は多分死んでるものね。作物に害を与えるが、憎めないかわいらしい格好をしているし、かわいそう。モグラは幾度か見たことはあるが、決まって死んでいた。 それにしても何で、寄りによって地中生活を選択したのだろう。ミミズがはた迷惑、いやそんな問題じゃない、死活問題だ。 ちょっと待て!モグラって地震には敏感ではないだろうか。これは調べてみる価値があるぞ。 |
迷路一枚 |
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2007年06月10日
昨日は文庫の鼻まで帰って来ると、空に稲妻が走るのが見えた。家に入るや否や、強い風と雨。追い討ちを掛けるように雹(ひょう)と雷。私は雷が大嫌いだ。嫌々大嫌いとかいうレベルではなく、本当に恐ろしい。小学生の頃、裏の電信柱のトランスに雷が落ちた。その時の恐ろしさがトラウマになっている。何しろ目をつぶっているのに、目の中に稲妻が走ったほどだ。 ![]() 家内が迷路が好きで、息子三人に「くもん」の迷路を保育園の頃させました。三人が三人共に迷路が大好きで、大きくなっても自分で迷路を作って遊んでいました。その一つがこれと言う訳です。 幅16cm、高さ25.6cmの大きさと言うか、小ささ。でも昌平一人だけではなく、兄弟三人の少年時代の一つの金字塔でしょう。きっとね |
堤西端東側 |
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2007年06月08日
今日は6月3日ブログ「消え行く風景」の続きだ。堤西端を東側から西向いて写す。 ![]() ![]() 昨年一応予想して撮影した。撮影しておいて本当に良かったと思う。 画面奥に車が停まっているのが見える。昨年も同じ場所に同じように停まっている。変わるものもあれば、変わらないものもある。この場合、風景は変わったけれど、人の営みは変わってない。正確に続いている。 工事はこの先、どんな風に進行していくのだろう。 |
ジンクス恐るべし |
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2007年06月05日
昨日、新しく借りた畑をシートで覆う作業が一段落ついた。二反半の畑の95%ほどをシート掛けした。 ![]() 買う時に私自身も思ったし、近所のおさむ君も言った。「買って来たら、出て来るんだよね」。所謂ジンクスだ。 それがまさか、一時間も経たない内に現実になるとは!本当にショック。あれだけ捜しても見つからなかったのに、家内のお母さんが畑の樹にもたれ掛かっているショウレンを見つけたのだ。その樹の前は私も、息子達もみんな通るのに気が付かなかった。錆がついて、樹の幹の色と区別がつかなくなっていた。それにしても、ジンクス恐るべし。 ショウレンと聞いて思い浮かばない方、知らない方、これがショウレンです。 ![]() 残念ながら、ショウレンの語源は分からない。 |
消え行く風景 |
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2007年06月03日
仁ノ村も田舎とはいえ、やはり変わって行く。当然消え去っていく風景もあるわけだ。 ![]() 実はここ数年来、村最大道路からこちらの方へ、道の拡張工事が進行中だ。工事は今年春、写真の丁度左端まで来た。従って、今年の冬には、この写真の風景が無くなってしまうかも知れないわけだ。 以前にも書いたが、この写真の正面あたりに、私の小学生時代には、砂利がむき出しになったセメントの建物があった。何の建物だったかは知らない。牛蛙がビブラートを効かせてうるさく鳴き、何かしら不気味な雰囲気があったことを記憶している。 この写真の右手直ぐに三叉路がある。仁ノ村には十字路は少ないが、三叉路は極めて多い。此処の三叉路はその中でも、最も見所のある一つだと思う。東方向、西方向、そして南方向から順次見て行こう。 |
飛陽お節句 |
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2007年06月01日
今日、飛陽のお節句をした。五月は松崎農園も、長男夫婦も忙しかったので、遅くなってしまった。 ![]() 食事の後は家に入って団欒。吾が息子三人と飛陽の四人で例によって遊ぶ。大の大人が、赤ちゃんのおもちゃで赤ちゃんと一緒に遊ぶ姿が何とも創造を絶して愉快千万。吾が息子、吾が孫とはいえ、或いはそれ故に余計にか、私は不思議な光景を見ている気がする。 ![]() |































