歩けるようになる前と後とで、こんなに受ける感じが違うようになるとは思わなかった。
撮影日時は1月11日午前11時半頃。この頃は、いつ歩けるようになるかなとわくわく、そわそわの心境。

飛陽が将来どういう人間になるか分からないが、その時この写真を見て思うに違いない。こんな顔をしていた自分もあったんだと。
この顔は何と表現すればいいのだろう。ちょっと現代離れをしている。何処か山里の、それも時代で言えば昭和の初めの子供の顔と言うべきか。やすらかな時間に、とっぷりとつかっている顔だ。
前にも書いたが、飛陽は私が赤ちゃんだった六十年近く前と似た環境で育っている。その当時、私の家は三世代同居の八人家族だった。飛陽は同居ではないが、日常的に彼を含めて八人余りがもつれ合って彼を見ている。
そうそう、飛陽の場合、特筆すべきは日常的にひ爺ちゃん、ひ婆ちゃんに子守をしてもらっていること。昔のひ爺ちゃん、ひ婆ちゃんは本当に爺ちゃん、婆ちゃんで体力的に子守は無理。そういう意味では、飛陽は稀有な、貴重な体験をしていると思う。ごく普通に見える日常だが、飛陽、これって結構贅沢かもね。
二週間ほど前の写真だが、随分前の写真のような気がする。それ程に歩き始めたということは、それ以前を後ろに追いやってしまう。
もう一枚もついでに。






